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第54話 文化祭…2

「う……ん?」


「あ? 気が付いた?」


「……え?」


 耳元で慶の囁くような声がして、あたしはパチリと眼を開ける。


 なに? どうして慶の声がこんなに近くから聞こえて来るのよ?


 温かいベッドの感触と、眼の前には心配そうな顔をした慶のアップが横から不自然な角度で覗き込んでいる。


 あれ? いつもの慶と雰囲気が違ってる……


 ぼんやりとした頭を抱えたあたしは、何故だか判らないけれどそう思った。


 それにここは一体……?


 あたしは頭を少し動かして、辺りの様子を窺う。


 白い壁に、病院でよく見掛ける水色の布の衝立ついたて。そして教室に使われているのと同じ蛍光灯――これって学校の保健室じゃない。


 でも、なんで慶があたしを見ているの……?


 そう思った途端、急にあたしは我に返り、慶の事を意識し始めてしまった。たちまちあたしの顔がもの凄く熱くなる。


 みっ……見られたっ!


 あ、あたしの無防備な寝顔を!


「きゃあ!」


 予期出来ない状況に驚いて、あたしはがばっと跳ね起きる。


「香代、大丈夫か?」


「な、なななにがよ? って言うか、どうして慶がここに居るのよ? しかも、あっ……あた、あた……」


 ――あたしの寝顔を見たわねっ!


 そう言いたかったのだけれども、余りの恥ずかしさに声すら出せなくなってしまった。パクパクと口は動くのに、言葉に出せないくらい恥ずかしい。


 あたしの寝顔……お、女の子の寝顔を見ていただなんて……そ、そんな……


「なに涙目になって怒ってるんだよ? そのう……悪かったって」


「馬鹿っ!」


 この不愉快極まりない想いを、どう説明すればいいのか判らなくなったあたしは、とにかく慶の視界から逃げ出したくて、ベッドに突っ伏して顔を枕に埋めてしまう。


「あ、謝るからさ、そう怒るなよ」


「それ、謝ってないじゃない」


「……」


 あたしの鋭い切り返しに、慶は意表を突かれたのか急に黙り込んでしまった。



 少し『間』が空けて気を取り直したのか、慶は「ごめん……」とすまなそうに言葉を濁す。


「今更謝っても遅いわよ」


「じゃあ、どうすればいいんだよ?」


「し、知らないっ!」


 あたしは遣り場の無い恥ずかしさをはぐらかそうとして剥きになり、ツンとそっぽを向いてしまった。


 慶もあたしの態度が気に入らなかったらしく、怒ってしまったみたいな言い方をする。でも、許せないものは許せないのよ。


 一体、なんで……なんでこんな事になっちゃったのよ?


 あたしは傍に慶が居る事を変に意識してしまい、ドキドキしながら必死に記憶の糸を手繰り寄せてみた。



 確か……今日は中学校では初めての文化祭。軟式テニス部は毎年恒例で喫茶店を催し、その利益でボールやネットといった消耗品を購入するようになっているのだそう。あたし達一年生はお揃いのエプロンで決めて、部室前の廊下で先輩方の説明を聞いていた最中だった。


 そこへ男子部員の慶と田村くんが先輩方に追い掛けられていて、通路一杯に拡がっていたあたし達の眼の前に飛び出して来た。


 慶は咄嗟に急ブレーキを掛け、※)踏鞴たたらを踏んで止まろうとしたけれど、後から来た田村くんは女子に気付くのが遅れて、止まろうとしていた慶とぶつかってしまった。田村くんの勢いを背中からモロに受けた慶は、彼に突き飛ばされた状態になり、二人は居並ぶ女子部員……しかもよりにもよって端っこに居た、このあたしに向かって突進してしまったのだ。


 男子二人分の勢いと体重に、あたしの身体は簡単に飛ばされてしまい、あたしの後ろに居た姫香や一葉達も巻き込まれ、将棋倒しになって……


 それからの記憶が全く無かった。眼が醒めると、あたしは保健室に寝かされていた。しかも慶に寝顔を見られてしまうと言うオマケ付きで。



「ここまで慶が独りであたしを運んで来たの?」


「いや。なかなか気が付かなかったから、百瀬先輩と一緒に運んだんだよ」


「田村くんは?」


「あいつはそのまま逃走した。『悪ィ』なんて言ってね。俺は捕まっちゃったけど、田村は……あいつはまだ先輩から逃走中じゃないのかな?」


『なんで逃げたりしていたのよ?』そう聞こうかと思ったけれど、改めて見上げる視界に映った慶を見て、眼が醒めた時の違和感と、慶が逃げ出した理由がなんとなく判ってしまった。


 逃走していた慶達は長袖の上下ジャージ姿だったのに、今は夏用半袖に短パン姿。それに以前ミーティングで揉めていた、まさかのひらひらメイドエプロンを慶が着用していたからだ。


 期待していた姫香の答えがこれなのね。結局、予算の都合で今年も去年の使い回しエプロン姿に決まったみたいだわ。


「そ、そんなに見るなって。門田達は何故か判らないけど、結構この格好が気に入っていたみたいなんだけどさ、俺と田村はね。だって幾ら集客の為だとは言え、一日中こんな格好させられるんだよ? もうカンベンって感じだよ」


 情けなさそうにぼやくエプロン姿の慶を見て、その余りの格好に思わずクスリと笑ってしまった。


「あ? 香代まで笑う。もう、笑うなよな」


「ふふっ……ゴメン」


 まあ門田くん達なら多目に見ても『似合う』範囲ギリギリだけど、身体が大きい慶や田村くんなら、幾ら先輩の命令でも逃げたくなるかも知れないわね。でも、そんなに慶が思っているほど似合わなくは無いと思うのだけど?


踏鞴たたらを踏む : この場合、勢いが余って足が空回りする状態。小刻みに足踏みする状態。

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