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第52話 アンフェア…


「本当にお世話になってしまって……ありがとうございました」


「いや、こちらこそ大切な息子さんに怪我をさせてしまってすみません」


 慶の家の前で一台の白い自家用車が停まっていて、玄関から慶のお母さんと藤野先生の声が聞こえていた。



 あれから姫香や一葉達数人の女子部員で、こっそり打ち上げのお喋り会で盛り上がり、あたしは帰宅するのがすっかり遅くなってしまった。


 あたしは慶が病院から戻って来たのだと察し、同時に亜紀が傍に居るのではと疑って、思わず道端で立ち止まってしまった。もちろん慶の怪我の具合も心配だったけれど、今のあたしには、独りで亜紀と会って会話をする勇気が無かったから。


「大会、お疲れでしょう。どうぞ中へお入りになって、お茶でもどうぞ」


「あ、いやいや、ここはどうかお構いなく」


「でも……」


「玄関先で失礼します。慶くんの症状ですが、試合の……」


 なかなか終わりそうもない、慶のお母さんと先生との会話が漏れ聞こえ、あたしはそれを耳にしながら、慶の家の前を横切ろうか、それとも先生が帰るのを待とうかと悩んでいた。玄関に先生が居るって事は、亜紀が一緒に居る可能性が高いから。


 どうしようかと迷っていたら、門にしつらえてあるポストの郵便物を取りに来たのか、それとも暇を持て余した、居るかも知れない亜紀が外の様子を見に来たのか、門の内側で人の気配がして、あたしはハッとして身構える。


「あれ? 香代ちゃん、今帰り?」


「ひゃ!」


 門からひょっこりと顔を覗かせた女の人に驚かされてしまい、思わずあたしの両肩が跳ね上がり、顔が強張った。


「お帰りなさい」


「たっ、た、ただいま……」


「なあに? どうかしたの? そんなに驚いちゃってぇ」


 引き攣ったあたしの顔が余程おかしかったのか、その女性――慶の美咲姉みさきねえさんが、小首を傾げて上品そうに片手を口元に押し当てながら、くすくすと笑った。長くて艶やかな黒髪が肩にさらりと流れ落ちて、あたしは会うのが夏祭り以来だった美咲姉さんが、前よりももっと大人っぽく綺麗になったなと思って息を飲んだ。


「あ、いえっ、そ、そのう……美咲姉さん、今日は帰るのが早いなって」


 出て来た人が亜紀じゃなくてホッとしたわ。


 美咲姉さんは亜紀の事を知らないだろうけれども、あたしが挙動不審なのは、どう見たってバレバレだわ。何かの下心があるように思われたのじゃないかしらと思い、猛烈に恥ずかしくなった。


「あれ? 香代、今頃帰り?」


「!」


 極めつけにもう一人……先生から送ってもらった慶が、美咲姉さんのすぐ隣にひょっこりと顔を出して来た。


「あ、あああ……あんた……じゃなかった、慶」


「はいよ」


「けっ、けっ……」


 驚いた拍子に、いつもの呼び方をしてしまい、あたしは慌てて呼び直したけれど、既に恥ずかしさが倍増してしまったあたしには、冷静な会話は難しくなっていた。


「『け』?」


「あンだよ?」


 あたしの激しい慌てぶりに、きっと二人の頭の中には大きな疑問符が浮かんだ筈だわ。あたしは必死になって、呂律ろれつが回りにくくなった舌で、やっと言葉をひねり出す。


「けっ、怪我はどーしたのよ?」


「ああ、大丈夫だって。これくらい」


 慶は、門に隠れてあたしからは見えない右手を高く挙げて見せた。アイシングの処置をしているらしく、手の甲まで包帯でぐるぐる巻きにされて太くなった右手は、痛々しく肩から三角布で吊るされている。


「って、大丈夫ってレベルじゃないでしょそれ」


「大袈裟なんだよ。医者も先生も」


「コラ! さっきそのお医者さんが何て言っていたか覚えてるの?」


「イテ!」


 あたしの言葉に反論して、生意気そうに軽口を叩く慶へ美咲姉さんが水を差し、指先で軽く慶のおでこを弾く。


「え? 美咲姉さんも一緒に?」


「うん。丁度午後の講義が終わった頃に母から連絡があってね。慶の様子をチョッチ見に行けって」


 そう言えば試合会場は、美咲姉さんが行っている大学の近くだったのだわと今頃になって気が付いた。


「あ、あのー、女の子が一緒じゃなかったですか?」


 あたしは恐るおそる亜紀の事を尋ねる。


「んー? ああ、あの彼女?」


 そう言って口籠った美咲姉さんは、自分の頭を軽くくしゃっと片手で掴み、少しだけ気不味そうな表情を浮かべた。


「遠藤さんなら、もうとっくに帰っちゃったよ」


「え?」


 美咲姉さんの言葉を引き継いで、慶が答えた。


 あんなに慶の事を心配してついて行っちゃったのに、美咲姉さんの出現で、慶を放って帰っちゃった……ってコトなのかしら?


「あの子、あたしの事を変に誤解しちゃったみたいなのよー」


「???」


 美咲姉さんの言葉の意味が理解出来なかったあたしは、キョトンとして眼をしばたたき、答えを求めようと二人を交互に見遣った。


「めっ……メイワクなのよね。こんなのの『彼女』だなんて誤解されるのは」


「冗談。コッチだって願い下げっ!」


 少しだけ頬を赤らめて、仕方なく答えた美咲姉さんの言葉に被せるように言い掛けた慶へ、美咲姉さんの否応いやおうなしのゲンコツが襲った。


「痛って~~~っ! うわ、暴力反対! ようにいに言って遣るからな」


「ほ~う、その度胸が何処にある?」


 凄味を効かせた低い声と殺気を帯びた強い目力で以って、美咲姉さんは慶の胸倉を片手でむんずと掴み、引き上げた。


「うあ~、んなっ、ナイナイ! ありませ~んっ!」


 慌てて慶は首を左右に激しく振って否定し、この状況から逃げ出そうと騒ぎ出す。


「あ、あたし、これで失礼しますねー」


 不穏な雲行きを察したあたしは、そそくさと慶の家の前を通り過ぎる。すると、家の方から慶達のお母さんの鋭い声が飛んだ。


「二人とも何しているのっ! さっさと家の中に入ンなさい!」


 兄弟喧嘩だと思ったらしいお母さんの一喝が、一瞬で揉めている慶達を黙らせる。さすがは慶のお母さん。美咲姉さんのよりも迫力が違ってるわ。


 そして次の瞬間には豹変して、会話中だった先生に向き直ったみたいだった。


「お? おう……」


「ばいばい。香代ちゃん」


「はっ、ハイ」


 美咲姉さんに向かって、引き攣った愛想笑いを浮かべてぺこりとお辞儀をしたあたしは、十数歩で自宅の門に辿り着く。


 相変わらず、慶は美咲姉さんには頭が上がらないと言うか……腕力でも何故だか美咲姉さんには敵わないらしい。


 此処からは見えないけれど、藤野先生が退いている姿が想像出来て、あたしは思わず噴き出しそうになった。



 重かった胸のつかえが、ほんの少しだけ癒されたような……そんな気がした。だって、もう勝ち目が無いと思って諦めていた慶と亜紀の関係が、美咲姉さんの出現で反故ほごになったみたいだったから。


 これで亜紀とあたしは、また同等……同じスタートラインに立てたって事になるのかしら? 


 だけど亜紀は、あたしが自分の本当の想いに気が付いて、慶を意識し始めているだなんて、きっと気付いてはいない筈。しかも、美咲姉さんが慶の『彼女』だと思って誤解しているらしい亜紀にとっては、凄くアンフェアな立場なのかも知れないわ。


 そんな風に、自分に都合よく考えてしまうあたしって、厭な女の子……なのかな?


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