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第48話 新人戦…3

挿絵(By みてみん)


「アドバンテージ、レシーバー」


 四度目のデュースをコールした主審に、慶が※インジュリータイムを求めた。息詰まる接戦の最中、緊張の糸がほぐれたように観客席でホッとした空気が流れて、そしてざわざわとざわめき始める。


 逆にあたし達部員は何事かと思って息を潜め、コートに居る慶の一挙手一投足を見守った。


 基本、インジュリータイムはファイナルコールをされる前に取るようになっている。


 選手は終盤戦に入る前の休憩の僅かな間に水分補給等で体調を整え、集中力を高め、持てる力の限りを尽くして試合に臨むのだけれど、この中途半端な間合いでインジュリータイムを要求したのはどうしてなのかしら?


 慶は真っ直ぐに自分のベンチに戻って行った。どうやら靴紐が解けたとか、ガットが切れたとかの異常は無さそうに見えるのに。


 顧問の先生が駆け寄って慶の右手を取り、真剣な表情で何事か話掛けている。


 全身で大きく呼吸を繰り返し、直飲みの水筒を掴んだ。そしてあおるように水分補給をしながら話を聞いていた慶は、乱暴に水筒をもぎ取ると、先生に対して強く首を横に振って見せた。


 先生は慶の強い意志に一瞬怯んだみたいだった。でも、すぐに救急箱から消炎スプレーを取り出すと、慶の右手にしていた蒼いリストバンドをやや乱暴に引いてずらせ、白いテーピングを施した手首を出した。そしてその手首全体にまんべんなく消炎スプレーを吹き付ける。


 スプレーがみたのか、それとも急激なアイシングが効いて驚いたのかは判らないけれど、慶が肩を怒らせて顔をしかめ、先生の掛けるスプレーに必死になって歯を食いしばり耐えている姿が眼に留る。


 あたしの気のせいかとは思ったけれど、テーピングをしていた慶の手首は、なんとなく腫れて赤くなっているように見えた。



「やだぁ! アキバケイ、こんな時にまさかのリタイア?」


「えええ?」


 不安そうな姫香の声に驚き、両手を祈るように胸の前で組んだ亜紀が、今にも泣き出してしまいそうな顔をして、コートに居る慶を心配そうに見守っている。


 前のベンチで応援していた田村くんが急に立ち上がると、後ろのベンチへと移動して来た。門田くんの隣に座っていた福原くんに片手で拝むような仕草を見せてひょこっと頭を下げると、二人の間に無理矢理割り込んで座って来る。


「おい、アレ……」


「ああ、昨日はそんなに気にならなかったし、悪いとは思わなかったんだけど……なんか急に雲行きが怪しくなって来たな」


 田村くんが何を言いたいのか、門田くんにはもう判っている。


 慶の怪我の経過を一番身近で見ていた二人は、心配そうにささやき合った。


「大丈夫なのか?」


「さあ……だけどせっかく自分のペースに引き込んだこの流れを、わざわざ自分から止めるってのは……ちょっとヤバイのかもな」


 小学生の時から慶とペアを組んでいる門田くんが、眉を寄せてうなるように言った。



 今までの試合で、慶はリストバンドなんか着けてはいなかった。一年生にとって、今回のデビュー戦はみんなそれぞれの思い入れがあるし、もちろんあたしにだってある。


 そんな中、慶が着けたリストバンドは単なる汗拭きで、ちょっと生意気な格好付けのように思っていた。けれど、実はそれが慶のテーピングを隠すために使われていたのだと判って、あたしは急に心配になって来た。


 拮抗している相手からの一ポイント獲得で、慶は気が遠くなりそうな連続ラリーを続けていた。怪我は治ったって言っていても、もつれ込んだ延長戦で、また傷が痛み始めたのだわ。


 慶が負傷しているのに気付いた観客は、一層ざわめいた。


 これで対戦相手の高柳くんに、慶の怪我――しかも右利きプレーヤーにとって致命的な右手首の負傷を教えてしまった事になる。


「マジでヤバイな……相手にアキバケイの弱点がバレちまった。※フォアのチェックが厳しくなるぞ」


「仕方ないだろう? この炎天下でこれだけ長期戦に持ち込まれたら。少しでも早く手当をしておかないと後が持たない」


「後のゲームが出来ればいいがな」


「不吉なコト言うなよ」


 田村くんの漏らした言葉に門田くんが文句を言った。意味深な遣り取りを耳にして、慶の怪我を知っていた部員はざわめき、それぞれが口々に慶の怪我と勝敗の行方を心配する。



「ノータイム」


 正審のゲーム再開コールを聞き、慶はリストバンドを素早く元へ戻すと、左手でラケットを握ってベンチから立ち上がった。


 一時は棄権かと危ぶまれた慶の様子に、それまでざわめいていた観客席から、再び試合に挑む慶に向かって盛大な拍手が沸き起こる。


「っしゃあ! 行っけー! アキバケイ!」


「頑張れー!」


「ファイトー!」


 部員全員が総立ちになった。


 慶の背中に向かって、自分達なりの言葉で慶をたたえて力強く励ます。


 慶はみんなの応援に対して、背中を向けてコートに歩み寄りながら、ラケットを持った左手を軽く挙げて応えると、姫香と亜紀は勿論の事、応援していた女子部員達から一斉に黄色い声が上がった。


「何だよー、アキバケイがオイシイ所全部持って行きやがって……」


「田村も対戦に残れば、オスソ分けくらい貰えるかもな」


「ンだと、門田ぁー」


「わ、わっ、たっ、たんま!」


 活気を取り戻した部員席で、慶と一番仲の良い二人がじゃれて、調子に乗った田村くんが門田くんの首を腕で締める。


 慶は自分に気合を入れる様に、目深に被っていた白いキャップをくるりと反対に向けて被

り直した。その素振りがどこかの悪戯っ子みたいで少し生意気そうに見える。


 これは慶の相手に対する負けないと言う意思表示? 心理戦の心算かしら?


 負傷している慶なのに……それでも慶の後ろ姿から気合のオーラが立ち昇っているせいか、不思議と頼もしく見えた。



※インジュリータイム : 文字通りタイム。靴紐を結び直す為や、怪我をした時等、不測の事態が発生した場合に10分ほど取れる休憩。

※フォア : フォアハンドストローク。利き手側から打つ基本スイング。⇔バックハンドストローク。


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