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第47話 新人戦…2

「アウト! デュース」


 審判(正審)のコールに、場内が湧いた。


 慶が一ポイントを獲得して同点になり、応援していたあたし達の観客席側が活気付いて、騒々しく盛り上がる。


 これで試合は五分と五分の白紙状態。ゲームの流れは、やや慶が押されているように見えるけれど、それでも慶は表情を変える事無く試合に集中していた。


 長身を折り曲げて低く腰を落とし、浅く踵を浮かせた前傾姿勢の慶が、ラケットを真正面に構えて対戦相手の動きを注意深く読み取っている。


 相手の一瞬を見逃さず、隙あれば切り込んで均衡を崩し『この試合に勝つんだ』と言う、慶の意気込みが手に取るように伝わって……そして慶の真剣な姿が、あたしには妙にカッコ良く見えた。


-「アキバケイ、遣るじゃん」


-「うん……素敵……」


 すっ……『素敵』って……


 あたしは耳に届いた亜紀の言葉に妙な引っ掛かりを覚えてしまった。


 今は慶の事が物凄くカッコ良く見えるけれども、亜紀にみたいに『素敵』だなんて、そこまでは思ってあげられないわ。


 あたしは並んで観戦していた姫香と亜紀へちらりと視線を遣した。


 二人とも、今でも慶の事が好きなのね? 


 あたしの視線に気付いていない二人は、小声だけれども弾んだ会話を遣り取りしている。だけどあたしは、一緒になって応援は出来ても、二人のようにはしゃぎながら慶の事を熱く語ったりする気にはなれなかった。


 慶と対戦している相手は、今年の新人戦優勝候補者の筆頭として名前が挙げられている東雲とううん中学の高柳たかやなぎ遼平りょうへいくん。あたしの知っている限りでは、過去何度か大きな大会があったけど、慶はこの高柳くんと何度か対戦していて一度も勝った事は無かったはず。


 ファイナルコールをされた後、デュースの応酬が続いていた。慶はリードする高柳くんに必死で喰い付き、得点を取られては取り返すと言う、手に汗握るシーソーゲームを続けている。


 こうなったら技術どうこうの差じゃなくて、試合から逃げないで勝つんだと言う気力との対決になっている。そして、慶はまだこのゲームを諦めようと言う素振りは全く無い。


 鋭い目つきをしたその表情からは、普段のおっとりとした慶の面影さえ見当たらないし、今まで慶の試合なんかまともに見ていなかったあたしにとっては、真剣な慶の顔を想像する事さえ出来なかった。


「すっごーい! さすがは元主将のアキバケイね! 対戦相手に一歩も引かないわ。相手の彼、確か今年の新人戦優勝候補だよね?」


「うん」


 慶のゲームに興奮した姫香が思わず口走り、つられて夢中で応援している亜紀が大きく頷いた。


 ああ、そう言えば、慶は小学校の時にテニス部主将をしていたのだったわ。


 あたしも女子部の部長を務めていたけれど、それは部員への統率力と言うか、みんなを纏められるかどうかで顧問の先生が勝手に決めていただけであって、部長に選ばれたからと言って他の部員よりもテニスが上手だと言うワケじゃ無かった。だから男子主将に選ばれていた慶も、きっとあたしと同じ理由だろうと勝手に決め付けていたの。


 今、真剣勝負を繰り広げている慶に、あたしはもしかしたら凄く失礼な思い込みをしていたのかも知れないわ。


 あたしが気不味く想っていると、隣で応援していた男子部員が急にざわめき始めた。


「どうしたの?」


「ああ、向こうで試合していた八神が負けたってさ」


 近くに座って観戦していた慶のペアである門田くんが返事をしてくれた。


 そう言えば、慶と同じくこの試合で勝てばベスト四に進出する八神くんが居たのだわ。だけど、男子部員の皆が慶の試合を応援して此処にいるって事は、八神くんの所へは誰も応援に行っていないって事になる。幽霊部員だからと噂されているけれど、誰も応援に行ってあげないだなんて……ちょっと男子って酷いじゃない?


 そう思いながらざわめいている男子部員を見ていたら、もう一度門田くんと視線が合った。


「なんだよ土橋。何か言いたそうだな?」


「八神くん、負けちゃったのね? でも、誰も応援に行ってあげなかったの?」


「ああ? ったり前じゃん。アイツがそろそろ負けるってコトは、想定内だもんな」


「そんな……」


 当たり前のように平然と言い切った門田くんに対して、あたしは少しばかり不愉快になる。


「今回も警告喰らって失格になったんだし」


「え? 警告で失格?」


 大会開催中でのまさかの事態に、あたしは驚いてしまった。


 審判からの『警告』は三度まで。その殆どが、ボールのイン、アウトの判定で副審や主審と揉めて、ペナルティが付与されてしまう。たとえボールの痕跡が残っていたとしても、それは『絶対』の証拠には成り得ないため、プレーヤーがアピールしたとしても頭ごなしに抗議することは無理で、そんなことをすれば警告を受け、三度目には退場させられてしまうと言う、サッカーと似たルールがある。


 その事は、八神くんだって知っている筈なのに。


「警告退場だなんて俺等には在り得ねーけど、八神は俺等とは違うんだよ。昨日だって、ダブルスを組まされた田村と初戦で早々負けちまってさ、八神のヤツ、自分の勝手なプレーは棚に上げて、負けたのは田村のせいだって言いやがって……乱闘寸前になったんだ。まぁ、その場は先輩とアキバケイが何とか収めてくれたけどな。自己中もあそこまで行けば立派だよ。相手にもしたくねーし、あんな奴の応援だなんて、行って遣ろうとも思わないね」


「そっ、そう」


 あたしには、門田くんの言った言葉が俄かには信じられなかった。昔、プロのテニスプレーヤーが親戚に居る事を何よりも誇りに想い、自分もプロになりたいと言っていた八神くん。自宅にテニスコートを持っていて、毎日練習に励んでいるのだとも言っていたし、何よりも今回の新人戦で、慶とたった二人しか残っていなかった事実を思えば、それは彼がずっとプロを目指して今まで必死で練習していたからこその結果だと思う。


 だけど、その敗退の理由が警告退場だなんて……


 あたしは八神くんが幽霊部員になってしまった理由が何となく判ってしまい、昔の純真だった彼を知っていただけに、凄く残念で切なくなった。


「っま、プライドのお高い奴には向いてねーんじゃねーの?」


 あたしと門田くんの会話を、前のベンチで黙って聞いていた田村くんが、慶の試合を観戦しながら不機嫌にボソリと呟いた。


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