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第46話 新人戦…1

 新人戦が始まって二日目の午後――


 四日前まで熱を出して体調を崩していたのがそのまま尾を引いてしまい、あたしは姫香や亜紀達よりも一足先に、ダブルスでは二回戦。シングルスは三回戦で敗退してしまい、新人戦の前半戦で早々とトーナメント表から名前を消してしまった。


 せっかく頑張って練習して来たのに、思う様に身体が反応してくれなかった。顧問の先生は『よく頑張ったね』と言ってくれたけれど、あたしにとっては楽勝だと思えた序盤戦の攻防からの、まさかの敗退。後半は完全に息が上がって持久力・集中力ともに欠落していたわ。


 あたしの上位入賞を期待して応援に来てくれていたクラスメイトや友達も、流石にあたしの負けを読めなかったらしいけど、それでも皆から温かい拍手を送られ、声を掛けて貰えて嬉しかった。


 ……と同時に、試合直前まで完全に自己管理が出来なかった自分に対してもの凄く腹が立った。


 顧問の先生や先輩方からも期待され、励まされていただけに、こんな不甲斐ない成績を残してしまった自分が堪らなく情けなくて、悔しくて……あたしはコートを後にしながら泣き出してしまった。必死になって我慢しようと頑張ったのに、後から後から止め処なく涙がぽろぽろ流れて来る。


 途中、泣き崩れてしまいそうになったあたしは、応援に来てくださっていた百瀬先輩から優しく抱き留められて、それまで抑えていた何かが、安堵したあたしの中で堰を切って溢れ出してしまった。納得出来ない結果のまま終わってしまい、あたしは先輩の胸にすがって、初めて声を上げて泣きじゃくってしまった。


 百瀬先輩に『勝つ人が居れば、負ける人も居るの。勝負だから仕方が無いわ、悔しかったらそれをバネにして、次に頑張ればいいのよ?』と言って貰ったけれど、それでも落ち込んでしまったあたしには気休めでしか無かった。


 必死で泣くのを止めようとするけれど、息がまともに整えられず、あたしは何度もしゃくり上げてしまう。


「先輩、す、すみません。こっ、こんな情けない成績を残してしまって……」


「香代? 貴方達一年生は、まだまだこれからなのよ? 三年生になるまでに、時間はあるわ。その時間を大切になさいね?」


「……はい」


「ん~? 声が小さいわよ?」


「はっ、ハイッ!」


「うむ。宜しい。じゃあ取り敢えず顔を洗っておいで。他の子達、まだ何人か残っているわよね」


「はい」


「一緒に応援してあげよう?」


 にっこりと優しく笑ってくださった百瀬先輩の笑顔が、あたしにはすごく眩しく思えた。


  *  *


「あ、居た居た」


「香代ぉ、こっちこっち~!」


 あたしのすぐ後を追う様にして敗退した亜紀と姫香が、男子コート前のフェンス横を通り掛かったあたしに向かって、嬉しそうに声を掛けて来た。


 残念ながら、今年の女子部員は上位入賞出来ず、新人戦では過去最低の試合結果に終わってしまったらしい。女子部員は残念な結果だったけれど、男子は予想されていた数人が期待通りの結果を出し、ダブルスでは既に慶と門田くんのペアが三位入賞の栄冠を手にしていた。



「今、誰か試合中?」


「うん、アキバケイが出てる。凄い接戦でね、今3―3後のファイナルコールされた所だよ。さっき門田くんが教えてくれたんだけど、もう残っているのはこのアキバケイともう一人……ええと、彼、幽霊部員らしいから、あたしは全く知らないのよ」


「八神くんって言うの。彼、プロの選手が親戚に居るそうよ。凄いけど、幽霊部員なのに選手として扱われるだなんてちょっと近寄り難いわよね?」


 姫香の言葉に亜紀が追加補足をしてくれた。『八神』って苗字、何処かで聞いた事があると思ったら、お父さんが司法書士をしている八神事務所の息子さんだわ。


 小学生だった頃、二年生だったか、三年生だったかよくは覚えていないけれど、同じクラスに居た八神くんの事だと思った。此処からは向こう側にあるコートが遠過ぎてよく見えないけれど……確か親戚にプロのテニスプレーヤーが居ると本人から聞いた事がある。


 小柄な身体をしていて、サラサラの髪に色白の肌。端正な顔立ちをした物静かな子だったから、当時あたしは女の子だと思っていたのだけれど、間違えられる度に本人が猛烈に否定していたのをよく覚えているわ。


「二人とも負けたとしても、個人戦でベスト八に入るのよ? 凄く無い? 香代も応援しようよ」


「うん」


 あたしの問い掛けに、亜紀は日に焼けて赤くなった顔でニコニコしながら答えた。


 こうしてあたし達が遣り取りしている間にも、弾んだボールの軽快な音がして、見学応援している人達の間からは、歓声と拍手が湧き上がっている。


 あたしは慶の試合を観戦しようとフェンスの入り口へ急ぎ、姫香の隣に陣取った。


「残っているのは二人だけ? 田村くんや門田くんは?」


「田村くんも門田くんも意外だったわ。先に負けちゃって、そこで応援しているわよ」


 姫香の指差す方向に視線を遣ると、見覚えのあるウチの男子部員が固まって慶に声援を送っている。


「ふうん……そうなんだ」


 あたしは慶に引けを取らない田村くんの事が頭に浮かんでいた。腕前は慶と互角だと豪語していた。だけど試合の相手は慶じゃ無い。慶よりも遥かに上手い選手はたくさん居て当たり前。


 慶達との自主トレを企画して、あたしを巻き込んでくれた田村くんは、慶よりも背が高い。パワーにモノを言わせて、上から叩き落とすようなサービスをする田村くんは、男子部員から恐れられていただけに、彼の敗退の知らせはあたしには意外だった。


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