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第45話 帰宅

「んな、何でも……無いわよっ……」


 慶があたしを見てる―― そう思うと、余計に胸がドキドキして顔だけじゃなくて身体中が火照ほてって来て熱くなる。


 わーん、おち、落ち着け心臓っ!


「大丈夫? 香代、顔が真っ赤じゃん?」


「ひっ?」


 いつもとは違って『退き』の体勢になってしまったあたしを気にしてか、慶は自転車をぐいと一押しして一気にあたしの眼の前まで来ると、心配そうに顔を覗き込んで来た。


 驚いてしまったあたしは、思わず涙目になって飛び上がる。


「はぁ? 『ひっ?』……って、ナンだよ?」


「う、ううう、うるさいわね」


 意識しちゃダメだって頭では判っているのに、慶の顔が近過ぎて余計に意識しちゃうわ。


 あーん、誰か助けて~~~


「あのさ、なにも取って食おうってワケじゃないんだけど……って言うか、香代なに泣いてんの?」


「んなっ、泣いてなんかないわよっ!」


 あたしはありったけの空元気で、訝る慶に咬み付いた。


「そうかぁ? でも涙目になってるよ?」


「なってないっ!」


 あたしの事が心配なのか、慶は浮かない顔でまたあたしを覗き込んで来る。


 慶の気を逸らそうとして辺りを見回すと、いつの間にかあたし達は慶の家のすぐ傍まで帰って来ていた。眼の前が慶の家って事は、その向こう側お隣があたしの家だ。


「……調子悪いのか? 今日も暑かったからなぁ。部活後に付き合わせちゃったせい?」


「ち、違うってば! 調子がまだなのは慶の方じゃない。なに言ってるのよ。人の事を心配するよりも、自分の腕の事を心配しなさいよね。ほ、ほら、帰ったわよ。さ、さっさと自分の家に帰んなさいよ」


「あ? ああ……」


 あたしの様子に若干訝りつつ、それでも慶は短く「じゃあ、お疲れー」とだけ言って、自宅の門を潜って行った。


 あたしは路上で立ち止まり、家に入って行く慶の白いポロシャツ姿が見えなくなるまで、そっと後ろ姿を見送った。暗くてはっきりと判らなかったせいか、あたしの眼には、学年男子の中でも背が高い部類に入る慶の背中は、何処かの知らないお兄さんの背中みたいに映っていた。


 息が詰まりそうだった状況からやっと解放されて、あたしは誰にともなく深い安堵の息を吐く。



 助かったわ……これ以上、慶と一緒だったら……


 ……どうなっていたのかな?



  *  *



「香代~、ご飯出来たわよ~」


「はぁーい」


 家に帰ってすぐにシャワーを浴びたあたしは、またいつものジャージ姿に戻っていた。


 練習をして帰った後は、いつも取っ換え引っ換えでこの格好。お母さんが色気も何も無いわねと愚痴を溢してくれるけど、これが『あたし』なんだもの。


 だけど幾ら『外見』が同じでも、この日のあたしの心の中は、いつもとは違っていた。


 毎日繰り返されている『いつも』なのに、なんだかおかしい。自分の事なのに、何処がどう違っているのかだなんて、よく説明が付かなくて不思議だった。それでも何か――胸の奥で何かがつかえているようで苦しい……そんな違和感を感じている。



「香代? あんた、熱でもあるんじゃないの?」


「えー?」


「顔、赤いわよ?」


「っそ……そうかな? だ、大丈夫だよぉ」


 食事中、あたしの赤ら顔を見て心配したお母さんが、箸を止めてあたしのおでこに片手を当てようとした。


 なんとなくだけれども、あたしにはその原因が得体の知れない違和感からだろうと思っていた。そしてそれは少なからず慶の事を意識し始めてからだと判っていたし、そんなあたしの心の中までお母さんから見透かされてしまいそうで怖くなり、少しだけ椅子から身を引いてお母さんの手を嫌った。


「ほら、ちゃんと座って……あら? ホントに熱があるみたいよ?」


「え?」


 あたしは手にしていた箸を置き、右手を自分のおでこに押し当てる。


「……? 判んない」


「自分で触っても判り難いかも知れないわね。まだ上がり始めみたいだけど、寒気とかない?」


 そう言ってお母さんは、おでこからあたしの頬に掌を優しく滑らせると、今度はあたしの首筋に触れて、体温を調べている。


 家事だけじゃなくて、仕事もこなしているお母さんの掌は、思っていたよりもカサカサで少し荒れていた。それでもひんやりとしていて気持ち良い。


「ううん。そう言われれば、身体がだるいかも……練習の遣り過ぎかな?」


 あらら……変だなと思っていたのは、本当に熱が出ていたから? それなら今まで覚えていた妙な違和感の説明が付くかもだわ。


「香代がこんなに練習熱心な子だとは、お母さん思っていなかったわ」


「試合が近いからなのかなぁ……」


「なに言っているのよ。試合なら、あんたもう何度も経験しているでしょう?」


 熱が出ていると知って気弱になってしまったあたしを見て、お母さんが笑った。


「だあって、中学校で初めての新人戦なんだよ?」


「はいはい、判ったわよ。判ったから。食べる気がしないのなら無理に食べなくてもいいから、イオン水を多目に飲んで。今日はもう寝なさい。後でお薬を持って行ってあげるから」


「……うん」


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