第41話 彼女の視線
閉鎖される時間が近付いていたせいか、公園内の広い駐輪場に残されている自転車は、あたし達の自転車を除くと、もう殆ど残ってはいなかった。
自転車を押して並んで歩いているあたし達を後にすると、慶と田村くんは自転車に乗ってさっさと出発してしまった。随分遅れているあたし達には気付かずに、会話を弾ませているのか時折笑い声が聞こえていたけれども、その声もすぐに聞こえなくなってしまう。
だから、この場での会話を聞かれたりする事なんか無い――そんな安堵感が、あたしと姫香との間で暗黙の了解として成立していた。
「初めて会った時から思っていたんだけどさぁ、香代は自分の気持ち、判ってないよ」
「……」
核心を突かれた気分になって、あたしは言葉を飲み込んだ。だってあたしには、胸を張って否定出来そうに無かったから。もしかしたら、姫香の言っている通りなのかも知れないもの。
友達が黙っていても、その子の言動から男子の誰を意識していて、どう想っているのかくらいすぐに判るのに……なのに自分の事となると、知りたいと願っているのに本当に判らない。
「恭介が言ってた。怪我をしていたアキバケイを一番気にして心配していたのはあんただって」
「それはお隣同士だから……」
「あー、もう、違うでしょ?」
少し苛立った声。
そして、姫香は声を潜めて……『素直じゃないんだから』とも付け足した。
「……」
反論し掛けた言葉を遮られてしまい、あたしは何も言えなくなってしまう。慶の怪我の事を心配しているのだって、それはお隣でずっとあたしが慶のお目付役だったから。単に、お世話係だったから他の男子よりも気に掛けてあげられていたからであって、決して慶の事が……その、す、す……好きだからとかじゃ……ないと思うのに。それに、慶の事が好きなのは姫香の方じゃないの?
あたしの視線から言いたい言葉を読み取ったのか、姫香は少しだけ頬を赤くした。
「あ、亜紀はどうだか判んないけど、あたしは別に……アキバケイが好きだってワケじゃないんだからね。今年のバレンタイン、あたし片っ端からばら撒いていたの。気付かなかった? ほ、ほら、だ、男子なんて単純なのよ。ねっ?」
「……」
怪しい。姫香は慶に脈が無いと覚って、田村くん達に鞍替えしちゃったって感が拭えないのよね。
あたしの疑いの眼差しに、姫香は少し緊張したのか、おでこに薄っすらと汗が光っている。別にゲーム後の事だったから、汗を掻いていようが荒い息を吐いていようが不自然じゃなかったけれども、今の場合なら姫香があたしの疑いの視線に焦っているとしか思えない喋り方だわ。
「香代ってばホンット弄り甲斐があるわねぇー」
「いっ、弄り甲斐って……そ、そんなぁ……そりゃあ、姫香は結構ばら撒いていたけど……だからって、どうして急に田村くんとそう言う仲になっちゃっていたのよ?」
って言うか、弄り甲斐があるのは姫香の方でしょ? なに赤くなっちゃってるのかなぁ。
「うわ、そう来たの? 参ったわねぇ」
あたしに矛先を向けられた姫香は、苦虫を噛潰したような顔をした。
「吐け」
「て、なんであたしの話になるかなぁー? 今は香代っちの事を話しているんだよぉ?」
姫香は自分に話題を振って来たあたしから逃げ出そうとしたけれど、あたしはここに呼び出された本当の理由も、姫香がどうして田村くんとそういう風な仲になっちゃったのかが知りたかったから、赦してあげない。
「さー、吐くのよ」
「香代っちって……シツコイわね」
「それはどうも。褒めて貰ったって事にしておくわ。あたしの事はいいから、田村くんとの仲を吐け」
「やーん、香代っちがいぢめるぅ~~~」
姫香が珍しく気弱になった。別に怖い顔で迫った心算は無かったのだけど。そんなに怖かったのかしら……?
「『吐け』ってナニを?」
「きゃ?」
「あー、恭ちゃんにアキバケイ。一体、何処から湧いて出て来るのよ」
「誰が『湧いて出る』ンだよ? つーかマジで『恭ちゃん』は止せってば」
背後でクスクス笑う慶の声にあたしは驚いて飛び上がり、先に振り返った姫香は二人を見付けて、助かったとばかりに明るく振舞った。
見ればそこには自転車に乗ったまま片足を着いて停車している慶と田村くん。確か先に二人は帰っちゃったのだと思っていたのに、いつの間にかあたし達に気付かれないように、廻り道してここまで戻って来たみたい。
あたしは二人から盗み聞きされ、小馬鹿にされたような気がしてムッとなった。
女の子同士の秘密の会話を盗み聞きするだなんて失礼よ。
膨れっ面になっていたあたしに気が付いて、慶がニコリと笑う。
「そんなに気にしなくっても、今さっき僕達は来たばかりだよ。内容だって聞こえなかったから大丈夫だよ」
「で、聞かれてそんなに怒る様な事を話していたのか?」
慶の『安全宣言』を混ぜ返すように、田村くんがニヤニヤしながらあたしを見る。
あたしは田村くんが何となく苦手に思えて来て、ついと二人から視線を逸らせた。
「何でもないわよ。ねー、香代?」
「え? う、うん……」
姫香の鮮やかなスルーに、あたしは戸惑いつつ頷いた。そして姫香は、田村くんに向かってからかう様に『お節介~』と言う。
これって、もしかしてチョッカイを出して来る田村くんからあたしを姫香が守ってくれた事になるのかしら……? そうとも取れて、少しだけ気恥しくなってしまった。
今まではずっと慶の『お守役』で、守っていた側のあたしだったから。姫香からの助け舟が心地好く感じられた。
「ま、良いけど。でさ、土橋」
「なあに?」
「試合直前まで……詰まり、明日もゲーム遣るからここに来いよ?」
「ええ―――っ?」
車の往来が激しい国道線沿いの信号待ち――
田村くんの半ば強制的なゲーム参加に、あたしは思わず不平を漏らした。