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第40話 ゲームの後で…


 結局、二回目のゲーム終盤途中から慶が腕に違和感を覚えてリタイヤしてしまった。その後はみんな慶の事が気になって集中力を欠き、あたし達はゲーム続行どころではなくなってしまった。


 みんなには内緒にしていたみたいだけれど、あたしは慶が一回目のゲーム後半頃から、休憩の度に自販機のジュースを飲みながら、さり気無くテーピングで固定していた手首に冷えたペットボトルを宛がっていたのに気付いていた。


 最初、慶がジュースを当てていたのは気のせいだと思っていた。でも田村くんにさえ気付かれないように慶が取っていた行動は、あたしの眼には疑惑から確信へと変わってしまった。


 きっと急に動かしてしまったから、痛み始めたのだと思う。


 試合が近いからと言ったって、リハビリに本気出してゲームする事は無いと思うのに……そんなに痛い思いをしてまで練習して、試合に臨みたいだなんて……どうかしているわ。 慶に付き合っている田村くんだって、姫香だってそうよ。


 あたしは、慶の無茶に付き合っている二人の気持ちが判らなくなってしまった。もっとも、姫香は単に男子二人に付き合っているだけで、彼等の無茶振りを気にしてはいないように思える。けれど、そんな慶に気付いていても、あたしの口からゲームを止めるようにとは言えなかった。



『僕はね、お父さんみたいにテニスの試合で優勝するんだ』


 小学校の時に軟式テニス部に入部することを決めていた慶は、お父さんが大学生時代に優勝した時のメダルを自宅から持ち出して来て、あたしに見せてくれた。


 色あせた紅白のリボンが付いていた金色のメダルは、そのまま飾れるように透明なケースの中央に丁寧に収められていた。それは、慶が四年生になる年の春、お父さんがお仕事の関係で、名古屋に転勤する為の引っ越し作業をしていた時に、偶然書斎の奥から見付かったのだそう。


 初めて目にする金色の丸い綺麗なメダルに慶は強く興味を持ち、処分しようとしていたお父さんから貰ったのだと言っていた。


 お父さんに対して尊敬と憧れを抱いていた慶は、自分の目標を定めてどんどん先へと進んで行った。あれから三年半――慶はお父さんの事を決して口にしたりはしないけれど、あたしには慶がずっとお父さんの背中を見て、追い付き、追い越そうとしているみたいに思えてならない。


 そして、あたしは……


 慶から誘われて何となく入部したテニス部で、そこそこの成績を保ちつつ小学校を卒業して、そしてまた成り行きでテニス部に入部してしまった。


 アキバケイといつも一緒……そう周りから冷やかされ、慶と出来ているのだと他人から勝手に思われて、結び付けられるのがどうしても我慢出来なくて、あたしは慶と距離を置いてしまった。そして気が付けば、あたしの後ろをついていたはずの慶が、いつの間にかあたしを追い越して先を行き、あたしが慶を追い掛けているようになっている。


 焦りとも諦めとも区別がつかないような複雑な想いが、胸の奥底から湧き上がって来る。


 田村くんの事が気になり始めていたけれど、かなり強引に引っ張って行く所がある彼にはやっぱりついて行けそうにない気がするわ。何より彼にはもう姫香が傍に居るんだもの……



 日はとっぷりと暮れてしまい、川の近くにあった駐輪場では、涼しい風がそよいでいて心地良い。ポニーテールにしているあたしのおくれ毛が、そよそよと風に煽られてくすぐったかった。


 日中、みんなと練習を頑張ったけれど、数時間しか経っていない慶達のゲームに参加した時の方が、疲れ方が半端無いのはどう言う事なのかしら? 練習量では圧倒的に、部活の時の方が多いはずなのに。


「香ぁー代、まぁ~だ気にしてるの?」


「ん……」


 浮かない顔をしているあたしに、姫香が悪戯っぽく笑い掛けて来た。


 そう――姫香との事だって、あたしの中ではまだ何一つ解決なんかしていないのよ?


 でも姫香やその場に居た亜紀に吐いてしまった嘘だって、姫香は全然気にしていないみたいだわ。それとも、あの時あたしが嘘を吐くだろうと、承知していたとでも言うのかしら?


 田村くんが姫香に囁いていたのは、多分その事。そして、姫香は田村くんの言葉に納得していたわよね?


 どうして?


 あたしは姫香に問い掛けるような視線を送った。


「あたし、もう気にしていないわよ。あの状況で来ようと思ったら、香代でなくったって誰だってそう言ってはぐらかすしか他に方法が無かったと思うもの」


「姫香……」


「って言うか、これは恭介の受け売りなんだけどね。ホントはあたし、香代には嘘を吐いて欲しくは無かったんだゾ~」


 そう言って、姫香は照れたように笑った。


「……ごめん」


「あ? ああ、気にしないで? でも今のはあたしの本音なの。亜紀が居たって、気にする事なんか無いのよ。だって、アキバケイと香代は幼馴染なんだし、お隣さんなんだから」


「え?」


 あたしは姫香の言葉に引っ掛かりを覚えて訝った。


 姫香は、あたしが田村くん経由で慶から呼び出されていると思っているの? あたしは田村くんから呼び出されていたのであって、慶がここに居合わせていた事さえ知らなかったのよ?


 三人の中の誰かが、あたしの反応を面白がって見ている……そんな風に思った時、頭の中で真っ先に田村くんの日焼けした悪戯っ子みたいな顔が浮かんだ。


 四人の中で、彼が一番あたし達の個人情報を知っており、誰に対してどんな想いを抱いているのかさえ……恐らく今の田村くんなら判っているはず。


 もしかしたら、意味深な言葉で揺さ振りを掛け、あたしの気持ちを確かめようとしたのかしら?


 田村くんから試されたような気がして、少しだけ不愉快な気がした。事実、あたしは疑いこそしたけれど、田村くん本人から直接誘われたのだと勘違いして浮かれていたのだから。


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