表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/105

第39話 ダブルスなのに…

 田村くんはスポーツ飲料を一気に飲み干すと『ぷはぁ―――!』と大きな声を出した。


 あたしは彼の声に驚いてビクつき、姫香は『ヤダー、オヤジっぽーい』と言ってあからさまに嫌そうな顔をして非難する。


 でも、田村くんはあたし達の反応を、全く気にも留めてはいなかったみたいだった。



「アキバケイは治ったっつってゲーム遣っちゃってるけど、それは本人が言ってるだけだよ」


「え? で、でもゲーム前にお医者からOKが出たって言ったのは田村くんでしょ?」


 あたしは田村くんの辻褄つじつまが合わない言葉に引っ掛かる。


「ああ。詰まり、医者が許可を出したって言っても、リハビリ程度の許可ってコトだよ。落ちてしまった体力や筋肉を元に戻す為のリハビリ許可さ」


「おい田村、余計な事言うなよ」


 自分のベンチへタオルを取りに行っていた慶が、あたし達の会話に合流して来た。


 弾んでいた会話が自分の事だと知った慶は、少し怒っていたみたい。


 滅多に怒った顔なんか見せない慶だから、単にあたしが場の空気で勝手に怒っていると思ったのかも知れないわ。もしかしたら、田村くんに暴露されて困っていたのかも……


「って、今ゲーム遣っているじゃない? いいの?」


「良かねーよ。んなワケねーって」


 姫香が少し慌てた突っ込みをするけれど、田村くんは平然として受け流す。


「田村っ!」


「あづづづ……んま、参ったっ。こっ、コーサン」


 慶から片腕で首を締められてしまい、田村くんは顔を真っ赤にして降参した。慶の照れ隠しだとは思うけれど、幾ら仲が良くったって暴力は良く無いと思うのだけど……


「だったらどうしてリハビリの筋トレじゃなくって、ゲームを遣っているのよ?」


「んー良い質問だねー。要はそこだよ」


 姫香の質問を田村くんは待ち受けていたみたいだった。悦に入った田村くんが調子に乗って腕組みをする。


「もう止めろよ。続き、遣ろうぜ?」


「お? おお」


 慶が情けない声を出して、ゲームを急かした。あたしには、慶が田村くんに『それ以上言うな』と口止めをしたように思えてならない。



「土橋、いーか? アキバケイ目掛けて思いっ切り打ち込んで遣れ」


「え―――ッ、出来ないわよ」


 田村くんはあたしにやっぱり同じ指示を出して来た。


「ダイジョウブだって。香代のヘナチョコなんか当たりゃしないから」


「!」


 あたしの心配に突っ込みを入れるよう、相手コートから慶が声を張り上げる。


 ……なんか……今さっきカチンと来ちゃったんだけど……本気出しても良いかしら?


 口では出来ないと言いながら、それでもあたしに振って来たボールを慶目掛けて返球する。


 キャッチボール等なら身体の真ん中で捕らえるのが基本だけれど、この場合、身体を目掛けて飛んで来るボディショットは、かわす事は簡単でも、返球となると中々難しい。


 田村くんの速いリターンとあたしの集中砲火で、慶はそのゲームを落とした。



「コイツ、新人戦が近付いて来たものだからおとなしく休部出来ないのさ。いきなり俺達男子とゲームしたって、分が悪いだろ? その点女子なら良いリハビリになるだろうしさ。特に土橋なら声掛け易いし、周りから変に思われたりしないしさー」


 その後半部分はどういう意味? 聞き捨てならない田村くんの回答に、ムッとなってしまう。


「田村! 香代に勝手なこと吹き込むなよ」


「はああ? 土橋を呼べと言ったのは、オマエぢゃね?」


 赤面した慶が迷惑そうな……きまりが悪そうな顔をして、田村くんに向かって強烈な※)ドライブを掛けて来た。


「お―――っと、そうこなくっちゃな!」


 軽口を叩きながら、田村くんも負けずに返球する。


 打球が……速い!


 さっきのゲームの速さどころじゃ無かった。どんなに集中して見ても、軌道上のボールが点じゃなくて、線に見えてしまう。


 あたしは田村くんの意味深とも取れる発言に一瞬引っ掛かったけれども、二人のラリーに圧倒されてしまって、考えを巡らせている余裕すら持てなかった。


 部内女子のリターンとは、比べ物にならない男子の激しい打ち合い。


 元々、パワーで押して来る男子のラリーを、アウトコートから見ていて速いとは思っていたけれど、同じコートで、しかもこんなに至近距離で打ち込まれたら……脚が竦んで怖くなってしまう。


「ち、ちょっと! 怖―――い! なに本気出してシングルス始めてるのよ! ダブルスじゃなかったのぉ?」


 どうやら相手コートの姫香もあたしと同じみたいだ。手出し出来なくなってしまった男子シングルスのゲームに巻き込まれて戸惑っている。


「最初は球速に慣れれば良い。※)ポーチ出来そうなら遠慮せずに入って!」


「え~~~、こ、こんなの……で、出来ないわよ!」


「出来るって」


 そんなぁ……


 笑いながら軽く言ってのける慶の言葉に、姫香もあたしも退いてしまう。


※)ドライブ : ボールに順回転を付けて強打すること。

※)ポーチ : ダブルスで、パートナー側に飛んだボールを飛び出してカットすること。インターセプト。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ