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第38話 『彼』と『彼女』


「うわっ? ゴメン」


驚いて飛び上がったあたしを見てふざけ過ぎたと思ったのか、田村くんは慌ててすぐに謝ってくれた。


「なっ? なに……?」


 あたしは姫香から借りたラケットを、思わずしっかりと胸に抱き締めて畏縮いしゅくしてしまう。


「悪ィ、土橋。でもな、せっかくお前を呼んだのに、なにもせずに帰ったりするなよな? ほれ」


 田村くんは、動揺しているあたしの心を読んだのか、それとも場の空気を読んで和ませようとしたのか判らなかったけれど、悪戯っ子みたいな笑顔を浮かべながら、あたしの頬に押し当てたスポーツ飲料をそのままあたしへと差し出した。


 そして、もう片方の手に持った同じ物を、ぐいぐいと豪快にあおる。


「っそ……」


――そんな……事……判らないわよ。


 ワンゲーム落としたけれど、田村くん一人でも慶と姫香の相手は十分じゃない。なのにどうしてあたしを呼んだりしたの?



「あー! 恭ちゃん、あたしの分は?」


「ぶ―――っ!」


 あたしに遣した缶を見て姫香が騒ぎ、田村くんが飲んでいたスポーツ飲料を吹いた。


『恭ちゃん』……って、姫香と田村くんはそんな仲なの?



 あたしはこの時、既に自分が慶の事を姫香みたいに呼び合っている事に気付きさえしていなかった。だって、小さかった頃からお互いに名前で呼び合っていたし、名字で呼ぶ必要なんか今まで殆ど無かったんだもの。



「おまっ、お前なぁ……『恭ちゃん』って……んな、なに甘えてンだよ? じっ、自分で買え」


 田村くんは顔を真っ赤にして照れている。わざと田村くんの事を『恭ちゃん』って呼んだ姫香の方も、少しだけ頬が赤くなっていた。


「えー、だって香代には買ってあげてるのにぃ?」


「あのなー、土橋は特別。来てくれた駄賃だ」


「いいじゃないのよー。ねーねー買って、買ってぇー」


「だーら、自分で買えっての」


 姫香が田村くんの袖口を掴み、口をアヒル口みたいに尖らせて、駄々っ子みたいに拗ねて見せる。



――いいなぁー、姫香は。


 そう思った。


 多少のワガママだと承知していても、物怖じせずに自分の思った事を素直に田村くんに伝えられる勇気って言うか……今のあたしには持っていないモノを姫香は持っているのだわ。彼女を見習って真似をするかどうかは別にして、小悪魔っぽい姫香の『女性』を見ちゃったような気がして、なんだか新鮮に思えた。


 普段は自分から『アタシ、毒ばっか吐いてるし』なんて言っているのに。いつもより少しだけ、姫香がお姉さんっぽく見えたのは、あたしがいつまでも進歩していないせいだからなのかなぁ。



 田村くんに声を掛けられた時から、もしかしてのトキメキがあたしに無かったと言えば嘘になる。でも、ゲーム中に姫香との仲の良さそうな遣り取りを目の当たりにしてしまい、そして今此処で愉しそうにじゃれている姫香と田村くんを見ているうちに羨ましくなってしまった。


――『彼氏』と『彼女』ってこんな感じなのかな? 


 羨ましく思う反面、なんだかあたし一人が取り残されてしまったような気がした。切ないような不思議な息苦しさを感じて心細くなってしまい、二人から視線を逸らせると、少し離れたその先に慶が居た。


 あたしと同じく、姫香と田村くんの遣り取りを見ていたけれども、あたしとは違って慶はニコニコしながら見詰めている。それは二人の仲をとっくに承知して見守っているみたいな視線だった。



 その慶と、視線が合ってしまった。


 あたしの視線に気付いた慶は、いつものように穏やかな笑顔を遣して来る。


「……」


 本当は、慶から何か言って欲しかった。


 田村くんみたいに、冗談でも何でも良いの。気の利いた言葉で無くても良いから、あたしに言葉を掛けて欲しかった。二人の遣り取りを見ていた直後のあたしにとっては、慶の笑顔に物足りなさを感じてしまい、思わずそっぽを向いてしまう。



――帰りたい。


 姫香達と逢った瞬間から、ずっと引き摺っていた想いが沸々と湧き上がり、一段と強くなってしまった。


 あたしと慶は、昔はこんな風じゃ無かった。お互いに気心が知れていたから、何でも気軽に……それこそ今の姫香達みたいな遣り取りだって出来たかも知れなかったのに。


 でも、そんな関係を続けられなくしてしまったのはこのあたし。


 姫香や亜紀に面と向かって慶との仲を問いただされてしまい、自分の気持ちを確認しているひまさえ失くして、あたしの方から慶を遠去けてしまったからなのだわ。



――あたしは、慶になんて酷い事をしちゃったんだろう。



 慶もあたしに近寄れなくなっているのだと、この時にハッキリと判ってしまった。


 お互いに気詰まりしてしまい、言葉を掛けられなくなっちゃった……こんな状態になってしまうだなんて、あの時は思いもしなかったんだもの。



 ――もう仲直りだなんて、無理……なのかなぁ?


 じりじりとした焦燥感は募る一方だった。




「おぅーい、土橋? 起きてるかー?」


「はっ?」


 顔の前で手を振り、あたしの意識を確認している田村くんの声で我に返った。


 またしても驚いて肩を跳ね上げてしまったあたしを見て面白かったのか、田村くんは急に笑い始めた。


「くすくす……土橋ってさー、ビクビクし過ぎだよ。小学校で飼っていたウサギみたいだ」


「うっ、うさぎぃ?」


 あ、あたしが?


「そ。で、因みに川村は凶暴なニワト……リッ☆」


「はい、そこまで!」


 田村くんは姫香から最後まで言わせては貰えなかった。姫香が田村くんのおでこに向かってラケットをボレーするみたいに強く押し出すように振ったからだ。


「痛っっだあああ~~~っ!!! ん、なっ、ナニすんだよ?」


 涙目になった田村くんのおでこには、姫香が付けたガットの網状痕が、赤く薄っすらと付いていた。


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