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第34話 初めて吐いた嘘

 週末土曜日の午後六時。新人戦まで残すところあと二週間を切っている一年生のあたし達には、休日だなんて皆無だわ。みんな、今より少しでも上達して良い結果を得ようと、その日も練習に励んでいた。


 女子部は基本ストロークから始まって、※ライジングやパッシングショットと言った、相手にわざとタイミングを合わさない、試合の流れを変えるための鍵になるレシーブや、サービスの見直しをするメニューが組まれていた。もちろん、顧問の先生も休日出勤で来ている。



「礼!」


「ありがとうございました」


「お疲れ様でしたぁ―――!」


 キャプテンの合図でコートに一列に並んだあたし達は深々とお辞儀をして、やっと練習が終了する。


「お疲れ様です」


「失礼しまぁす」


 更衣室を先に出て次々と帰宅する先輩方に挨拶をしながら、あたし達は居残ってグラウンドの整備をしていた。


 それは一年の男子も同様だったけれど、今日は生憎慶の姿は無い。


「香代ぉ~、帰りにマックに寄って、シェイクなんてどお?」


 姫香と亜紀が早速提案をする。


 今日一日、たっぷりと汗を流したから、持って来た二リットルのレジャー用水筒が空っぽだった。


「んー、シェイクも良いけど、今はお茶かスポーツドリンク。とにかく水分が摂りたいなー。それにあたし、この後用事があるの」


「じゃあ、北門にある自販機に行こっか? あそこ新製品を入れ替えして、五百缶が百円になるキャンペーン遣っているのよ」


「うん」


 約束時間にはまだ少しばかり余裕があった。それに、姫香達の誘いを断ってもあたしは自販機に駆け込む心算だったから、この姫香達のお得情報の誘いに乗らないワケにはいかない。


「でさぁー、香代が約束だなんて珍しい。相手はダレ?」


 冷やかし半分なのか、姫香はにこにこしながらあたしの用事を詳しく聞こうと突っ込んで来た。


 あたしと同じく喉が渇いていた姫香は、一気に五百のスポーツ飲料をクリアすると、もう次の一本を買おうと自販機にワンコインを落とす。


 さっきと全く同じ種類の五百缶が、ゴトン! と鈍い音を立てて転がり出す。


「姫香ぁー、そんなに一気に飲んじゃったら身体に良く無いよー」


「そうだよー、それにこんなに冷たいのに、お腹壊すわよ?」


「いいのいいの。喉が渇いているんだから。暑いから丁度冷えて良い感じだわ」


 あたしと亜紀の心配を余所に、姫香は迷わずプルタブを引き起こした。


 運動直後の急激な水分補給は良く無いって、姫香は知らないのかしら?


 あたしと亜紀は道路と歩道を別けているガードレールに並んでもたれ掛り、揃って同じメーカのスポーツ飲料をちびちびと舐めるように飲んでいるのは、そんな理由だ。


「本当にお腹壊しても知らないから」


「大丈夫だよー。このあたしが腹痛ハライタごときになったりするもんですか。第一、お腹壊した時に飲むのもコレでしょ? だったらモンダイ無いわよ」


「だからって、これ冷え過ぎだよ?」


 亜紀が心配しているのに、姫香は全く聞く耳を持っていない。まあ、あれだけコートをくたくたになるまで走らされてゲームすれば、喉が渇くのだって半端ないわよね。


「それよかさ」


「うん?」


「さっきの返事は?」


「あ? ああ、あれね?」


 うやむやになっていたあたしの約束の件を、姫香はしっかりと覚えていて、なぜか追求して来る。


 だけど幾ら友達だからと言っても、まさか男子部員の田村くんから個人的に呼び出されているって事をペラペラ喋る心算は無かった。


 最近では亜紀と良い感じになっている慶の事を、姫香はあまり好いようには思っていないみたい。で、今の姫香は田村くんがどうも気になる存在みたいになって来ているらしい。だって、田村くんの前では姫香はウソみたいにしおらしい女の子しちゃっているんだもの。


 だから、尚更姫香には呼び出しの相手が誰なのかを言えなかった。


 ……姫香、ごめんね?


 そして、あたしは親友に向かって、初めて嘘を吐いてしまった。



「あたしの従兄。来年、地元こっちの大学を受けるって。下見で田舎から出て来るの」


「ふーん、あんたに受験生の従兄ねぇー」


「……」


 白々しい嘘を見破られてしまったのかなぁ……? 


 亜紀はあたしの約束がなんであるのか全く気にならない様子だったけれども、姫香はあたしの言葉に敏感に胡散臭さを感じ取ったのか、意味有り気な視線であたしを見詰めて来る。


 だけど、受験生の龍馬兄リョウマにいがあたしの家に来るのは本当の事だもの……来週だけど。



「ねぇ、香代」


「なに?」


「それ……ホント?」


 怪しげにあたしの心の中を見透かそうとしている姫香の視線が痛い。姫香をあたしは傷付けたくなくて、嘘を吐いているんだもの。



 男の子からの本格的……らしい誘いって、あたしにとってはこれが初めてだった気がする。


『俺に付き合わない?』――


 田村くんは、そうあたしに言ってくれたのだけれど、なんだか引っ掛かる微妙な言い回しなのよね?


『俺『と』付き合わない?』って、限定した言い方じゃ無かったし、『俺『に』』……って言う言葉の向こうには、複数の人が絡んでいるような気がするんだもの。


※ ライジング : ワンバウンドした球が、軌道上十分に上がり切らない状態を打つ。

※ パッシングショット : ネット前衛の横を打ち抜く打球。略してパス。サイド側はサイドパス。真中はミドルパス。


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