第33話 雨の日の…
次の日は生憎の空模様だった。午後から降り出した雨のせいで、コートは幾つもの水溜りを作って水浸しになっている。
だから今日の練習時間は、新人戦が終わった後に控えている学内の文化祭行事について、部員同士で話し合う場を設けられていた。
文化祭での催し物は、文化部の活動発表がメイン。なのであたし達運動部は、その殆どが軽食や屋台関連の物を任されている。
あたし達テニス部では、男女合同で毎年喫茶店をするように決まっているのだそうで、今日はその役割分担と詳細を決める事になっていた。三年生の先輩方は既に引退されていたけれど、引き継ぎ等詳細の為に、一部の三年先輩方が打ち合わせに参加してくださっていた。
メニューは毎年変わらないそうで、飲み物はアイスとホットが選べるコーヒーと紅茶。それからコーラとサイダーで、百円を追加すれば冷たい系の中にバニラアイスが付くフロートタイプが注文出来る。軽食は簡単に出来るたまごサンドと、一口サイズのホットケーキ。個数限定で女子部の先輩達が焼いたクッキーを出すのだそう。
売り上げの一部は部費に還元されて、新しいボールの購入やネットやライン用の石灰と言った備品消耗関連に宛がわれるので、先輩方の意気込みは半端じゃない。
小学校の頃の文化祭と言えば、体育館でクラブ活動の紹介と入部者の勧誘くらいしか遣った事が無かったあたし達は、このイベントにワクワクして胸を躍らせてしまう。
買い出しと調理等の準備は先輩方が手分けをして分担し、残った一年生は幾つかの班に分かれて接客を任されるのだそう。
部員人数が多いから、自分の担当時間以外は各自が自由行動。他の部やクラスに遊びに行っても構わない。
「で、一年は各自エプロンと三角巾を持って来てください。新しく買わなくても、小学校の時の調理実習で使用したもので構いません」
「はぁーい」
百瀬先輩の説明に、あたし達女子は声を合わせて返事をする。
「接客と言っても、お客さんを空いている席に案内して、メニューを見せて注文を聞いてくれば良いだけだから。緊張しなくていいからね?」
「はぁ~い」
「案内した席の番号と人数をオーダー用紙に書いて、それから注文を……」
「でぇえええ~~~?」
先輩の説明を遮るようにして、男子の方から上がった突然の拒否宣言の大声に、あたし達は驚き、何事かと思って振り返った。
あたし達と同じ様に、男子も一年が接客をするようになっているみたいだけれど、どうやら普通の接客ではないみたいだった。だって、鈴木先輩が見本として手にしているのは、後ろからだけれども、ヒラヒラフリルが一杯付いた、後ろのウェストで大きなリボン結びのエプロン……って、どう見たってメイドのエプロンでしょ? あれは。
で、その『コスプレ姿』で男子は接客させられるの?
あたしの視界に、先輩の力説に蒼くなって退いている慶達一年の男子の姿が映った。その向こうには、照れ笑いをして赤面している二年の先輩方の姿が……
線の細い男子なら良いかも知れないけれど、線が太くてガッチリタイプに分類されてしまう慶や田村くん達は……本当に申し訳ないけれど、本気で着て欲しくないなと思って軽く吹き出してしまいそう。
「……まぁ~たロクでもない事を男子は企んでいるみたいね」
別のグループで打ち合わせをしていた、金子先輩と宮脇先輩が百瀬先輩に近寄った。
「男子、去年で味を占めて、また今年も遣る心算よ?」
「やーね……ふざけ過ぎだわ」
口では嫌悪感を露わにしたような言い方だったけれど、三人の先輩方の顔は物凄く嬉しそう。そして、今にも吹き出しそうになるのを必死に堪えているみたい。
って言うか、去年……って?
それで二年の先輩方が真っ赤になって恥ずかしそうに笑っていたのだと、あたしは納得した。
「先輩~、当日はデジカメ持って来ても良いですか?」
空気を読んでなのか、姫香がサッと手を挙げて質問した。あたしの隣に座っている亜紀も、その隣の一葉もウンウンと頷いている。
な……なに? この彼女達の意気込みと盛り上がりは?
「デジカメの学内持ち込みは、貴重品だから駄目よ。携帯持っているでしょう?」
「だって画像が粗くて……」
「引き延ばしでもする心算? 広報部が各部を巡回して撮影に来てくれます。後日、写真の販売もあるそうだから」
「で、広報部。去年はすさまじい売上だったそうよね?」
宮脇先輩が困った表情を浮かべて補足説明をすると、金子先輩が嬉しそうに補足の『追加』をしてくれた。
「うわ、そうなんですか?」
「やったぁー!」
手放しで喜ぶ姫香達に付いて行けず、あたしは退いた。
でも、本気で男子の先輩方は慶達にあのフリフリエプロンを着用させる心算なのかしら……?
まさか……本気?
「せ、センパぁ~い? じょ、冗談ッスよね?」
顔を引き攣らせた田村くんが、片手を軽く挙げて問い質したけれども、先輩の様子は残念ながら本気……みたい。
会計の谷先輩が、男子の部長に声を掛けた。
「ねぇ、小林ぃ。男子は去年と同じにするの?」
「他に良い案があるのかよ?」
「メイドエプロンは去年ウケたでしょう? でも今年も大受けするとは限らないのじゃなくて?」
「はぁ? だからなに?」
流石は女子部の先輩だわ。行き過ぎた催しモノに異議を唱えてブレーキを掛けてくれるのだから。
そう思っていたのに。
「今年はタキシードで……って、どお?」
「ってか、それホスト?」
谷先輩は、小林部長に向かって意味ありげに満面の笑みを浮かべる。
「げ!」
二人の遣り取りに、固唾を飲んで注目していた一年の男子が一斉に退く。
「きゃあ! その案に賛成一票!」
「あたしもー!」
「前日は、絶対携帯充電しておかなくっちゃあ!」
退いている一年の男子を無視して、勝手に盛り上がる女子部員と男子先輩方。
谷先輩の発言で、借り切っていた一年の教室が、蜂の巣を叩いたように急に騒がしくなる。
「真面目に遣りなさぁーい!」
遂に部長の長谷川先輩が、顔を真っ赤にして声を荒らげた。
「ううん、舞ちゃん。これは集客の為のとても大事な戦略なのよ? ふざけているみたいに見えるかも知れないけれど、集客イコール売上に繋がるんだから。重要な事だわ」
「……言うかな? そこまで」
「うん!」
にこにこしながら副部長の真鍋先輩が、長谷川部長を宥めてる。
はぁ。それなりに説得力はあるけれど、なんかもうみんな趣味に奔っちゃっているみたい。
「いやー、今年の男子は中々のメンツが揃っているから、結構愉しい文化祭になるんじゃないの? あたしはどちらの案でもOKだわー」
へ……ヘンな想像しないでくださいっ☆
百瀬先輩の腹黒い笑顔に、あたしは心の中で思わず突っ込んでしまった。
もぉ~~~百瀬先輩まで……みんな……みんな、一体どうしちゃったのよぉお?
その後は、即、準備可能なメイドタイプのエプロンを着用するのか、それとも真逆の正装タキシード姿になるのかを時間ギリギリまで議論する事になったけれども決着が付かず、最終は男女三年の先輩方で取り決められる事になってしまった。
け、慶や田村くんがメ、メイド姿やタッ……タタタタキシード姿になるだなんて……
も、もぉ、想像したあたしの方が、恥ずかしくなっちゃうじゃないのよ。
あ、あああ、あたしはそっ、そのう……ど、どっちでも……い、良いかな……なんて思ったりして……