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第3話 『彼』を見る眼

「ねえねえ、香代が『カノジョ』じゃないんだったら、秋庭くん、他に付き合っている女の子っているのかなぁ?」


 姫香が上機嫌で聞いて来た。


 慶に一番近い存在と見越して疑いを掛けて来たあたしが大外れだったと判ったからか、さっきまで身構えていた姫香も亜紀も、何だか妙にリラックスしている。


 それにしたってこの二人、よりにもよってなんであんな慶を……?



 さっきの大あくびなんてまだマシな方。男子ソフトテニス部の主将だと言えば聞こえは良いけれど、実力は他の部員といい勝負。部内で抜きん出た子が居なかったせいか、顧問の先生から聞いた話ではくじ引きで決まったそうだもの。


 その時は、しっかりと納得してしまったわ。小さかった頃からずっと一緒に居たあたしには、慶が部活のまとめ役をやっている事自体不思議に思えたから。


 最弱最強の幼馴染……残念ながら、昔の慶を知っているあたしには、これ以上の皮肉な褒め言葉が頭に浮かばない。


 幼稚園の頃の慶は物凄く身体が弱くて、すぐに熱を出しやすい体質だった。なのに、自分の身体が異常を訴えているのに本人は全く気付かなくて、周りの人が先に気付いてしまう鈍感タイプ。だからと言って、我慢強くて辛抱強いのかと思えば弱虫で、遊園地に行っても、お化け屋敷やジェットコースター、観覧車に乗ってさえ、すぐに怖がってメソメソ泣き出してしまうような男の子だった。


 当時、あたしは髪を短くしていて、動き易い短パン姿で慶と一緒に居たからか、あたしは大人達から男の子だと間違われて、しかも慶をいじめて泣かせた犯人だと濡れ衣を着せられてしまった事だってある。


 今でもそうだけど、何かあれば必ず先生はあたしに慶の事を頼んで来るし、本人もすぐにあたしに頼って来る。



 お隣に居るだけなのに、なんであたしばかりが慶のお守をしなくちゃいけないのよ……?



 泣き虫の慶のお陰で、あたしはいい迷惑だわ。


 慶に対する不満は、日々大きくなって行く一方で、あたしは慶と離れようと思った事だって何度もある。だけど、どんなに別行動を取っていても、最終的にはあたしの近くには必ず慶が居た。だって、帰る家が隣なんだもの。



 姫香や亜紀が慶の事を想っているのは、昔の慶を知らないからだわ。今は随分とマシになって来ているけれど、小さかった頃の慶を知ったら、二人はどう思うのかしらね?



「彼女なんて居ないんじゃない?」


 あたしは素っ気なく言い放った。


 実際、慶は付き合っている女の子どころか、意識している女の子が居るような素振りさえ見られない。


「はぁ~、香代ってばクールねぇ~」


「だから、そんな仲じゃないから」


 何度も言わせないで欲しいわ。


 ずっと黙っている亜紀も姫香に同感らしく、さっきからうんうんと相槌を打っている。


「なんで? 背だって高くてカッコ良いし、テニス部の主将だよ?」


「あたしに見る目が無いとでも?」


 ほー、男の子は背が高ければカッコ良いの? 


 背が高いのは慶のお父さんが高いから。単なる遺伝でしょ? 主将だって、くじ引きだもん。


「うん」


「……」


 これだもの。


 唐突に『隣の芝生は青く見える』という諺が頭に浮かんだ。一体、どっちが『見る目が無い』のよ? と言いたい。あたしからしてみれば、二人の眼の方がよっぽど『節穴』だわ。


 あたしはウンザリして深いため息を一つ吐いた。



「ねーねー、この近くにクレープ屋さんの屋台が来るの、知ってる?」


「へー? そうなんだ」


 呆れるあたしと会話が噛み合わないと思ったのか、姫香が話を切り替えて、寄り道コースを提案する。


「ね? 寄って行かない?」


「でも、あたしお金持ってないし……」


「奢りでも嫌?」


「行くっ!」


 あたしは、慶と一緒に帰っていたら、絶対に知り得なかっただろう美味しい情報に飛び付いた。



 姫香は去年の暮れにこの小学校に転校して来た。家庭の事情はみんなそれぞれだけど、姫香の両親は離婚して、お母さんの実家のあるこの町に遣って来たのだそう。


 彼女なりに辛い事があったらしいけれど、自分がお母さんを支えなくちゃと意識しているせいか、姫香は他の女の子よりも格段しっかりしている。でも、思った事をズバズバ言う性格が災いしてか、中々友達が出来なかったらしい。


 亜紀の家は、両親が揃って内科医で、病院を営んでいる。下に弟が居るけれど、弟が居るとは思えないくらい温厚で物静かな子だ。本が大好きで暇さえあれば読んでいる文学少女だとか。でも内向的過ぎて周囲に中々馴染めないと言う、彼女なりの悩みを抱えていたそうだ。


 そんなある日、姫香は、下校時間に鎖の解けた犬に吠えられて、泣いている亜紀を見付けて、犬を追い払ったのが知り合う切っ掛けになったらしい。



「すごーい。強いんだぁ」


「ううん。だってあの犬飼い犬だったし、尻尾振っていたもん。きっと亜紀に遊んで貰いたかったんだと思うよ?」


 感心したあたしが姫香にそう言うと、苺クレープを頬張った姫香が鼻先に生クリームを付けたまま、にこにこして答えた。


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