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第29話 先輩の場合

「……よ? 香代?」


「あ? はい」


 二年の百瀬先輩の声で我に返った。


 百瀬先輩は、あたしが部長だった前の年に小学校軟式庭球部のキャプテンだった人だ。


「川村さんに振られちゃったの? ぼーっとしちゃって……可哀想に。まあ、彼氏が出来ればそんなものよ? 女の友情なんてね」


「そ……そんな……」


 あたしは先輩から思いがけず同情されてしまい、戸惑った。


『振られた』ってわけじゃないと思うけれど、それはあたしの都合の良い思い込み……なのかしら?


 姫香を弁護して反論しようにも、言い返す言葉が思い浮かばない。


 でも、きっとなにか……どうしても抜け出せなくて亜紀の所に行けなかった理由があるのだわ。あたしにも言えない事情があるのだと思っていよう……


 そう自分に言い聞かせていたら、百瀬先輩が気を廻してくれた。


「気にするような事じゃないわ。川村さんが特別ってわけじゃ無いのよ? 遠藤さんの怪我だって捻挫でしょう? そりゃあ新人戦が近付いたこの時期の怪我は痛いけど……心配なら、一緒に行きましょうか?」


「はい」


 たった一年しか違わないのに、百瀬先輩が物凄く頼り甲斐のある人に思えた。



  *  *



「すみません。付き合ってくださったのに……」


 百瀬先輩と肩を並べて廊下を歩きながら、しょんぼりとしていたあたしは、取り敢えずのお礼を言った。



 亜紀の事が心配で、練習が終わった後に保健室へ先輩と二人で直行したのに、二人とも先に帰ったと保健室の先生から聞かされていたのだ。


「まあね? 自力で帰れるのなら、取り敢えず怪我の方は安心だわね」


「……はい」


 そう優しく言ってくれる先輩の言葉も、今のあたしには気休めでしか無い。





 保健室に入ろうとして、引き戸の取っ手に手を掛けると、外で用事を済ませて保健の井坂先生が戻って来た。


「先生、亜紀は……亜紀の様子はどうですか?」


 あたしからの質問に、先生は少しだけ気の毒そうな顔をした。


「ああ、先に二人で帰ったわよ? あの二人、仲良さそうね?」


「……」


 あたしは少なからず、先生の言葉にショックを受けてしまった。


『先に二人で帰ったわよ?』


『帰ったわよ?』


『二人で……』


 先生の言葉があたしの頭の中で何度も何度も繰り返される。


 そして、時間が経つに連れて、あたしの心中は穏やかじゃ無くなって来る。


 だって、二人からしてみれば思いも寄らない急速大接近。お互いに相手の事を気に掛けているんだもの。


 いつもなら慶には門田くんや田村くん達が居るし、亜紀にはあたしや姫香が傍に着いている。でも、お互いに怪我をしてしまって、二人きりになれただなんて……こんなチャンスなんて……滅多に無いわ。


 姫香だけでなく、亜紀からもあたしは急に独りにされてしまた気がして、不安に包まれてしまった。



  *  *



「あたしもねー、実は土橋さんみたいになっちゃった事があるんだよね。なんだか放って置けなくなっちゃって」


「え?」


 廊下を歩きながら、百瀬先輩が意味深な事を言った。


「あたしね? 幼馴染でケンカ相手……って言ってもタダの口喧嘩みたいなものよ?」


「はぁ……」


「周りからは『ケンカ出来るくらい仲が良い』って思われるくらいの男友達が居たの」


「……」


「でね、塾に行くようになって仲良くなった友達が居てね? 半年くらい経った頃……だったかな? 彼女から、その彼を紹介して欲しいって……」


「紹介って……引き受けちゃったんですか? まさか?」


 あたしの問い掛けに、先輩は黙って頷いた。


「おかしいでしょう? 彼とは本当に『友達』の付き合いだったの。だから、彼女も友達として紹介したはずだったのに……」


「……だったのに?」


「彼女は友達としてじゃなくて、『彼氏』として紹介して欲しかったのね。気が付いた時はもう手遅れ。自分が本当は彼の事が誰よりも好きだったのに、彼にはもうあたしが紹介しちゃった彼女が居て……で、その後は判るかしら?」


「……」


「二人とも、あたしとはもう殆ど顔を合わせる事が無くなったし、もう口も利かなくなっちゃったわ……『異性の友達』と『恋愛』って、線引きが難しいのよね」


「せ、先輩は……先輩はそれで構わなかったんですか? 友達を『彼氏』として取られちゃって……」


「ん……」


 先輩は俯くと、少しだけ言葉を詰まらせた。


「それでも……あたしが今更告白したとしても、アイツはあたしとは『友達』のまんまだったんじゃないのかなって思うワケ。結局、アイツはあたしを『友達以上』には見てくれない。彼女とは上手く行っても、あたしとアイツとでは友達以上になんかなれなかったのだと思うわ」


「そんなぁ……」


「あたしにも『気持ち』があるように、アイツにも『気持ち』――って言うか、選ぶ権利があるでしょう? 簡単に想いが通じたりするのなら、こんなに悩んだりなんかしなかったわよ」


「でもぉ……」


「仲が良過ぎて相手を恋愛対象には見られない……そんなこともあるのよ」


「……」


 先輩の一言々が心に深く突き刺さる。だって、これってあたしと似たような……


 そこまで考えると急に顔が熱くなった。


「まあ、香代ってば素直なんだから……」


「ど、どう言う意味ですかぁ? あ、あああたし、そっ、そんなに『素直』じゃ……」


 言い当てられて、更にあたしは茹で上がってしまったあたしの顔を見て、百瀬先輩がくすくす笑った。

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