第26話 女神(おんながみ)様のいたずら…6
慶に女の子のタイプなんか聞いたりするのじゃなかったわ。『男の子からの一般的意見を聞きたい』だなんて、本当はそんな事なんか考えてやしないのに。
慶が……慶の事が気になったから、知りたかっただけなのに、都合の良い口実なんかを見付けたりして。
答えを焦り過ぎたあたしは、半ば判り切っていた答えだったはずなのに……やっぱり少しだけ後悔してしまった。だって、亜紀も慶の事が好きなんだもの。
これって……どう見たって両想いだわ。なのに二人に動きが無いって事は、慶がまだ動いていないって事だと思う。だけど、いずれあたしが思い描いているような展開に……なっちゃうのかしら?
慶から想われている亜紀の事が羨ましく思えた。慶は楚々としたおとなしい子を選ぶのね……残念だけれど、あたしには慶の理想には近付けそうに無いわ。
「……」
……なんだろう? この胸のモヤモヤは……?
慶の事を想う度に、胸が苦しくなって切なくなる。
「どうしたの? 急に立ち止まったりして」
「え? ……な、なんでも……ないよ」
お社へ、慶と話せた事のお礼を伝えて、無事に誰とも遭わずに参拝出来た帰り道に、慶の事を考えてぼうっとしていたあたしは、慶の呼ぶ声に驚いて、貰った綿菓子で顔を隠した。
……慶があたしを見てる……
慶は、嘘が吐けない素直な子が良いと言っていたのに、あたしは平気で嘘が吐けるもの。慶の理想が知りたくて、適当な口実を作って聞き出せるんだもの。
ドキドキの鼓動が鳴り止まない。
「よお、なんだよ結局ツーショットしてンじゃん」
聞き覚えのある乱暴な喋り口調に、あたしは飛び上がるほど驚いた。恐る々振り返ると、そこには見知らぬ女の子と一緒に来ていた立川が居た。
立川は去年……六年生の時にあたしと掃除当番だったグループの一人で、慶と離れたあたしに何かと付き纏い、あたしから相手にされなかった挙句にあたしの顔に雑巾を投げ付けて、その後卒業するまで、クラスの女子全員から総スカンの完全無視を喰らっていた。
女の子に酷い事をしたのだから、無視されても当然の仕打ちだわ。
被害を受けたあたしは、それ以来立川と話す事はおろか、顔さえ合わせる事は無かった。
嫌な奴に、慶と一緒に居るのを目撃されてしまったわ……そう思ったのだけれど、慶はあたしとは違っていた。
「よ、久し~。クラスが違うだけなのに、全然会わないな」
「ああ、お互い部活で忙しいからな。でも、奇遇と言うか、やっぱりと言うか……」
爽やかに挨拶をする慶とは反対に、立川は意味有り気なニヤニヤ笑いを浮かべてあたし達に近寄った。
「? なにが?」
「惚けるなよ。ドバシの事に決まってンだろ?」
立川は、左右ズボンのポケットに両手を突っ込んで、わざとらしく肩を聳やかし、あたしに向かって横柄に顎を杓った。
「?」
「お前、なにバックレてンの?」
「香代がどうかしたのか?」
「ああッ? シカトすンなよ」
さっきの不審者おじさんとほぼ同等。相変わらず偉そうに凄味を利かせる立川は、そこいらの不良と変わらない。それなのに、慶はなんでも無いみたいだ。
あたしは昔の嫌な事を思い出してしまい、怖くなって慶の後ろに隠れた。
「ああー、もうあんなこと遣らねーから、そんなに俺の事嫌うなよ」
「……」
あたしは慶の右腕から、そうっと顔を覗かせる。
「わざとじゃ無いって言ったら嘘になるけど……あの時は悪かったよ。でも、俺だって反省していたんだぜ? 遣り過ぎだって」
「なんかあったのか?」
あたしに話し掛ける立川を訝って、慶は惚けた質問をする。だって、慶はその時居なかったから、あたしが立川から雑巾を投げ付けられた事は知らないもの。
「っま、イロイロとね。アキバケイの知らねートコロで、イロイロ訳アリだったのさ」
「やだっ、立川もう止め……」
「ねぇ、話まぁ~だぁ~? もう行こうよぉ」
あらぬ妄想を書き立てるよう、意味深に言った立川の口を塞ごうと言い掛けたら、立川に連れ添っていた茶髪彼女が口を挟んだ。
そうそう。彼女を放ってないで、さっさと何処かに行って欲しいわ。
「まぁ、待てよ久し振りに……」
立川が彼女を説得している最中に、慶が人混みの中から誰かを見付けて眼を細める。それが誰なのかすぐに判って、慶は大袈裟に両手を大きく左右に振った。
「おーい、門田ぁ、こっちだ!」
「おあ? アキバケイ? やっぱオマイも来てたのかよー?」
「アキバケ~イ! いやっほ~う!」
「あれ? 田村も?」
「ンだよー。オマケで悪かったな」
慶は人混みの中から、慶の友達であるテニス部員の門田くんと雛乃のカップル。そして今年転校して来た田村くんと……何故か田村くんにくっ付いている姫香を見付けた。
「って、お前等俺に言わせろよっ!」
一人、みんなから台詞を強引に止められた立川が、情けない声を出してみんなから笑われる。
なんで姫香が田村くんと一緒に……居るの?
あたしの視線を感じてか、姫香は肩を竦めてペロリと舌を出した。
「良かったぁ~、香代が見付かって」
「で? あたしの事は放っぽって、田村くんとデートなわけ?」
「え? ち、違うって」
田村くんが慌てて否定する。
「そうだよ。違うよー。一緒に香代を捜してくれるって言うからさぁ……」
「でもどうして一人なの? 一葉や沙耶は?」
「それがさぁ……あたしも香代の事捜してて、余所見してたら一人になっちゃったんだなこれが」
本当なのかなぁ……? なんとなく、あたしをダシにされたような気が……しないでもないのよね?
「あ~! 姫香! 香代ぉおー!」
「捜しちゃったよぉー! もぉ、どうしようかって言ってたところだったんだぁー」
「沙耶、一葉ぁ~!」
人混みの中から不意に呼ばれて、あたしは一緒に来ていた女の子達と再会する事が出来た。
「おーし、メンツ揃ってるから、イッチョ歌い上げに行くか?」
「おー!」(×八人)
慶の二次会カラオケ提案に、全員が盛り上がる。
……一人、あたしを除いては……
せっかく慶と二人っきりで良い感じになっていたのに……みんなが揃ってくれて嬉しいのは嬉しいのだけれど……こんな……こんなのって、無いわよう。
神様のいじわるぅう……!
帰宅後、お母さんにお祭りでの出来事を話した。
お母さんは、笑いながら、みんなと出会えてよかったねと言った。
「香代は、あのお社に女神様が祭られているのは、知っているわよね?」
「うん」
「祭られているのは女神様だから、カップルでお参りに行くと、神様が妬いてしまうのだって」
「ふーん……」
「だから、お友達同士で行った方が良いのよ」
「そ、そんなの、もっと早く話してよね?」
女神様が嫉妬する……
あたし、とんでも無い事を神様にお願いしちゃったから、神様が拗ねちゃったのかなぁ……