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第24話 女神(おんながみ)様のいたずら…4


「ほら、手を出して? もう立てるだろ?」


「え、ちょ、ちょっと待って……」


 慶は半ば強引にあたしの手を取ると、立ち上がらせようと腕を引く。


 あたしは立つつもりは無かったのに、慶から片手でひょいと引き起こされてしまった。タイミングもあったのかも知れないけれど、あたしの殆どの体重が慶の片腕に掛ったはずだわ。


「お、重いでしょ?」


「なにが?」


「……あたし」


「え? そう? ……別に?」


 あたしは慶と眼が合わせられないどころか、恥ずかしくて消えてしまいたいくらいだったのに、慶はけろりとしてそう言った。でも、口では大した事無いだなんて言っているけれども、本当はあたしの事が凄く重かったって顔をしているに違いないんだから。


 慶の言葉を疑ったあたしは、それまで逸らしていた視線を恐々慶に移した。


「……」


 お互いに立ったままの状態で、あたしは慶の顔を見上げてしまった。


 嘘……


 慶って、また背が伸びたんだ……


 もちろん、あたしだって成長期。身長も女子の標準に近付いて来ているけれど、百八十以上もあるお父さんがいる慶には、全く敵わなかった。顔つきだって昔よりも少しだけキリッとして、お兄さんっぽくなったように見える。


 久し振りに近くで顔を見合ってしまったあたしは、妙な照れと恥ずかしさから身体の火照りを感じていた。


 こんなにも慶が成長していただなんて予想外。『男の子』だったはずなのに、急に慶が『お兄さん』みたいに思えて来る。このあたしを置いてきぼりにするだなんて……は……反則……なんだから。


 視線が合った慶は、ふわりとあたしにほほ笑んだ。


「一人で来たってわけじゃ無さそうだね。他のみんなとはぐれたの?」


「う……うるさいわね。見りゃ判るでしょ」


 触れて欲しく無かった事を蒸し返されてしまい、あたしは可愛げ無く口答えをしてしまう。


「見りゃ判るって……まあ、それはそうなんだけど……」


 慶はそれ以上、みんなの事については何も言わなかった。言えばきっとあたしが怒り出すと思ったのだろうけど……本当のあたしはその逆だった。


 きっと、居なくなったあたしをみんなが心配していると思った。不注意とは言えみんなに迷惑を掛けてしまい、情けなくて自分が嫌になっちゃうもの。これ以上、あたしを落ち込ませないでよ。


 だから、慶にはそっとしておいて欲しくて、つい、きつい言い方をしてしまった。



「そうだ。はい、これ」


「なに?」


 言うなり、慶は手にしていた綿菓子の大袋をあたしの眼の前に差し出した。


 さっきからずっと片手で後ろに隠していたものが、まさかこれだったなんて……見掛けは大きく変わったけれど、中身の成長はまだなのね? そう思って、あたしは多少なりと上からの眼線を慶に送ってホッとする。

 

「要兄から貰ったんだけど、僕はこういう砂糖系の菓子って苦手なんだ。良かったら貰ってくれない?」


「……だったらなんで買って貰ったのよ」


 さてはあたしの眼線に勘付いたのね? でも、なぁんだ。慶が強請ねだって買って貰ったのじゃなかったんだ。


「印刷されているキャラクターの絵が懐かしくて見ていただけなんだ。そしたら要兄が買ってくれたんだよ」


「欲しくなかったのなら断ればいいじゃない」


「うーん、まぁそれはそうなんだけどさ……これが美咲だったら絶対に断って……って言うか、僕に買ってくれたりなんかしないからね。こういうの。小遣い貰っているんだから、自分で買えって言うだろうし」


「ふーん」


「なんかさ、要兄の気持ちが嬉しくって」


「あー、だから断れずに買って貰っちゃったんだ」


「そうなんだ」


 そう言って慶は苦笑にがわらいをしながら頭を掻いた。




『僕、本当はお姉ちゃんじゃなくって、お兄ちゃんが欲しかったな……』



 美咲姉さんと喧嘩をする度に、負けた慶はその言葉を口にしていた。姉弟が居るだけでも一人っ子のあたしにとっては羨ましい悩みなのに、なんて贅沢を言っているのよとあたしはずっと思っていた。


 でも、美咲姉さんが結婚したら、慶にはお兄さんが出来るんだよね?


 さっき遠眼でしか見えなかったけれど、要兄さんは中々イケメンのお兄さんだったし、慶の嬉しそうな顔を見て、とても優しい人なのだわと判ってちょっぴり妬けた。



「受け取っておいてなんなのだけど……やっぱりこれ、返すわ」


「なんで?」


「慶が要兄さんから貰ったのでしょう? 受け取れないわ」 


 あたしは一旦慶から貰った綿菓子を返そうとした。


「いいって。それに『あの時の』をまだ香代には返していなかったから」


「なにが?」


 慶はあたし達が小学二年生だった時、夜店で買って貰った大袋の綿菓子を、あたしが一人で食べきれないだろうからって、あたしのお母さんが慶に半分あげてしまい、怒って泣き出した事を話した。


「あの時はびっくりしたよ。香代が泣いて怒るんだから」


「そんな……そんな大昔の話なんかされたって、あたしは覚えてなんか……いないわよ」


 遠い眼をして嬉しそうに当時の事を思い出す慶に、あたしは一種、恐怖みたいなものを感じてしまい、怖いなと思ってしまった。あたしが覚えていない事まで……ううん、覚えていて欲しく無い事まで、慶は昨日の事のようにしっかりと覚えてくれていたんだもの。


 覚えてくれていて嬉しい……と言うよりも、なんだか自分の弱味を握られているようで……ちょっとだけ慶と一緒に居るのが嫌だなって。


「だから、これは『あの時』のお返しだと思って貰ってくれない?」


「……う、うん……慶がそう言うのなら……」


 慶の穏やかな話し方にくすぐられたような気がした。

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