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第23話 女神(おんながみ)様のいたずら…3

 彼が誰なのかすぐに判ったあたしは、本当は今にも泣き出してしまいそうだったのに……意地を張って顔を引きらせてしまった。だって、彼の眼の前では絶対に泣き顔なんか見せたくないと思ったから。


 泣き顔を見せるだなんて……そもそもアンタの特許じゃないのよ。


 そうでしょ?


 慶。


 あたしは何度も息を吸って必死に泣き出すのをこらえた。そのせいか、きっと慶からはもの凄い顔に見えていたのだと思う。


「あ、あのう……ひょっとしてさ、僕が来て悪かったのかな?」


「うー」


 んな事有るはずないじゃないのよ?


「もしかして、香代怒ってる?」


「……」


 喋る事なんか出来なかった。喋ればきっと、ぱんぱんにふくらんだあたしの涙腺が、容易たやすく緩んでしまいそうだったから。


 だけど……


 ――助かったわ。


 あのままだったら不審者おじさん達に、どこかへ連れて行かれる所だったんだもの。


「か、香代っ?」


 緊張が一気に解けてホッとしたせいか、あたしは膝に力が入らなくなって、へなへなとその場に座り込んでしまった。


 助けて貰ったのは嬉しかったけれど……でも、どうして慶がここに居るの? それもたった一人で。いつもの門田くんや田村くん達と一緒じゃないなんて。



 あたしはここの神様に慶との事をお願いしようとしていたのに……まだお社に行ってお願いさえも告げていないのに、神様ってばもうあたしの願い事を聞き届けて……くれたのかしら?


「大丈夫?」


「う……うるさいわよ」


 慶が身体を深く折って、あたしの目線までかがみ込んで来る。


 こんなに大勢の人混みの中で……慶はあたしを見付けてくれたんだ。そう思うとなんだか気恥しくなって、あたしはぷいとそっぽを向いた。


「……ごめん」


「な、なんで慶が謝るのよ?」


 かあぁああっと顔が熱くなる。


 謝るのはあたしの方だわ。あたしの方だとは判っているのだけど……でも……でも……こんなに急に出会っちゃうだなんて、心の準備がまだなのに……素直になんか……なれないわよ。


「ごめん。でもその元気なら、気遣い無用だったね」


「そんな……そんなんじゃ……ない」


 安心したような慶の穏やかな声がした。


 近くでハッキリと聞いた慶の声は……今まで聞いていた声よりも幾分低くて太い声になっていた。慶と距離を置いてしまったあたしの知らないうちに、慶はもう声変わりをしちゃっていたんだ。



「慶ぃー、その子香代ちゃんだったのぉ~?」


「うん」


「じゃあ、先に行くわよ?」


「判った」


「……」


 なんだ。慶は美咲姉さんと一緒だったのね。


 慶が振り返った先を見ると、浴衣を着た美咲姉さんともう一人。美咲姉さんに寄り添っている和服姿の男の人が居る。察する処、あの人が美咲姉さんの彼氏みたい。


 うわぁ……なんて素敵でお似合いなのかしら……?


 あたしは慶に助けて貰っていると言うのに、今どき珍しい和装姿のカップルに心を奪われてしまい、見惚れてしまった。


 さっきの『浴衣美人』と『不良オトコ』の奇妙なカップルも気になったけれど、やっぱりあたしはこっちの正統派美咲姉さん達の方が断然素敵でいいなと思った。



「立てる?」


 慶は心配そうにあたしの顔を覗き込むと、あたしの眼の前にてのひらを上に向けて差し出して来た。


「……」


 あたしはスマートに差し出された慶の手に、自分の手が出せなくて、自力で立ち上がろうとしたのだけれど……膝に全く力が入らない。


 それほどさっきのおじさん達の事が、怖くて堪らなかった。あんな怖い思いなんかさっさと忘れてしまいたいのに、今頃になって冷や汗を掻き、身体が自然と震えて来る。


「じゃあ、おんぶしようか?」


 慶があたしに向かって、くるりと背中を向けた。


 うちのお父さんほどじゃないけれど、慶があたしに向けた背中は……随分成長していて広くなっていた。Tシャツ越しに引き締まった背中の筋肉が盛り上がって見える。


 あたしの中に棲んでいる慶の『時間』は止まっていて、未だに小学生のままだった。だから、成長した慶の姿に驚いて気後れしてしまう。


「い……いいわよ。小さい子じゃあるまいし。自分で立てるから」


「だって、香代立てないじゃないか」


「き、休憩しているだけなのっ! 浴衣姿なのに、おんぶしようだなんて言わないでよ。まったくもう! こっちが恥ずかしいでしょっ。そ、それに慶こそ美咲姉さん達と一緒に行かなくってもいいの?」


「ああ、良いんだ。要兄ようにいが一緒に行こうって誘ってくれたんだけど、美咲は僕が付いて来るのを凄く嫌がっていたから。でも、要兄の誘いを断るのも何だか悪い気がしてさ……で、結局ついて来たんだ」


 慶は恥ずかしそうに照れ笑いを見せる。


「『要兄』って言うんだ。あの人」


「うん。美咲と結婚……するんだって」


「え?」


「そのうちにね。要兄に愛想を尽かされなきゃだけど……ね」


「……」


 慶はほんの少し頬を赤くして、嬉しそうにそう言った。


 まさか慶の口から『結婚』と言う言葉が出て来るとは思わなかったわ。あたしよりも幼稚でいつまでも子ども々している慶だと思っていたのに……


 あたしは美咲姉さん達が消えて行った人混みの方へと視線を送った。頭の中で、何度も『結婚』と言う憧れの言葉キーワードが繰り返して浮かんでは消えて行った。


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