第22話 女神(おんながみ)様のいたずら…2
あたしは一緒に居たはずの姫香達の姿を捜して、薄暗い辺りを見渡した。
既に姫香達の気配さえ周囲の雑踏に掻き消されてしまい、あたしは一人になってしまった心細さを通り越して、恐怖心すら感じてしまう。
たくさんの人が行き交う波を避けようとして、見知らぬ人と何度も肩や腕がぶつかった。あたしはその度に「すみません」と言って、相手と視線を合わさずに頭を下げる。
「あ、カズハ~? あたし。今ねぇ~……」
「!」
あたしと一緒に来ていた『カズハ』と同じ名前を口にした人が居た。
ハッとして声のした方を振り返ると、二十代の女の人が携帯に出た『カズハ』さんに話し掛けている所だった。彼女の隣には、赤ちゃんを抱っこした男の人が一緒に居る。
この神社には、今まで幾度となく両親と来た事があった。普段の日なら、明るい昼間に友達同士で来た事もある。でも、こんなに暗くて人が一杯居る境内で、はぐれてしまう事なんか無かった……
一葉の名前を言った女の人が羨ましい。彼女が手にしていた携帯が、これほど欲しいと思った事は無かったもの。なぜなら、一葉も姫香も携帯を持って来ていたから。あたしが今ここで携帯を持ってさえいれば、はぐれてしまう事も無かったのに。
* *
あたしは中学生になる時、共働きで留守勝ちな事を気にしてか、お母さんから携帯を持たないかと勧められていた。
あたしは既に小学校で携帯を持っていた子を何人も知っていた。けれど、その子達は大抵、両親があたしと同じ共働きで鍵っ子だったり、母子・父子家庭の子だったから、携帯を持っているというだけで少し可哀想な家庭環境の子だと言うイメージが出来上がってしまい、余り良いようには思ってはいなかった。
だから、あたしも携帯を持つ事で他の子達から同情の眼で見られたくなかったし、携帯が無いと困ると言うような事も無かったから、その時は必要なんか無いわよと断っていたのだけれど……それはあたしの大きな誤解であり、勘違いなのだと判った。だって、中学生になったら、クラスの殆どの子が携帯を持っていたんだもの。
親から話を持ち掛けられていたにも関わらず、あっさりと自分で断ってしまったから、やっぱり携帯が欲しいだなんて、すぐには言い出せなかった。
取り敢えず、携帯が欲しい状況になってしまった事が無かったもの。
でも、今は違う。
今は一緒に居たみんなの誰でも構わないから、彼女達への情報が欲しい。
とにかく、姫香達となんとか合流しないと……
お社へ続いている人混みの流れからなんとか離れることが出来たあたしは、眼を凝らして姫香達の姿を捜した。
あたしの視線が行き交う人達に注がれるけれども、眼に付くのはあたしと同じように浴衣を着た女の人ばかりだった。
一緒に来た里緒達みたいにミニの浴衣姿の人も居れば、あたしみたいに足元まで裾がある昔ながらの浴衣を着ている人も居る。
しかも、浴衣姿の人に限って彼氏らしい男の人と連れ添っている。
何組ものカップルを眼にしてしまい、自分の置かれている状況さえ忘れて見入ってしまったけれど、そこで偶然、あたしと色違いで同じデザインの浴衣を着こなしている綺麗なお姉さんが眼に留った。
そのお姉さんが他の人よりも一際美人だったせいもあったけれど……お姉さんの隣に連れ添っている男の人も、背が高くて結構イケメンのお兄さんなのに、和装のお姉さんとは正反対の普段着Tシャツに穴あきのダメージジーンズ姿。男の人は本当に彼氏なのだろうか、それとも単なる友達なのだろうかと疑ってしまった。
奇妙なカップルだわと思ってしまうけれど、二人はそんなあたしの視線には気付かず、楽しそうに連立って歩いている。
「いいなぁ……」
思わず羨ましくなって言葉が出たら、眼の前の景色がぼやけて見えた。
あたしなんか、姫香達とはぐれてしまって一人なんだもん。
もうこのまま先に帰ってしまおうか……それとももう少し捜してみようか……? 迷っていたら、左右から人の気配がした。
「あれ~、お嬢ちゃん独りなのぉ~」
「え……?」
俯いていたあたしは、それが自分に掛けられた言葉だと思って顔を上げた。
助けてくれるのならこの際誰だって構わないわと思ったけれど、あたしを挟み込むようにして立っているおじさん達を見て、咄嗟に危険だと感じてしまった。
優しそうに声を掛けてくれたけれど、このおじさん達は困っているあたしを助ける為ではないのだと。
「どうしたのかな?」
「あ……お、お友達とはぐれちゃって……」
「ああ、そいつは困ったねぇ」
「お兄さん達が一緒に捜してあげるよ」
『お兄さん』……?
見た目よりも、この人達若かったのかな……? だなんて思っている場合じゃない。早くこの二人から逃げ出さないと。
「ええ、べ、別にいいです。じ、自分で捜しますから」
「一緒に捜した方が早く見つかるよ?」
「で、でもいいんです。ありがとうございました」
あたしはそう早口で捲し立てると、その場から急いで立ち去ろうとした。
「待てよ。一緒に捜して遣るって言ってるだろ?」
「ひ……」
急に口調を変えたおじさんが、素早くあたしの手首を捕まえた。大きな手でしっかりと捕まえられてしまい、逃げ出せなくなったあたしは怖くなって立ち竦み、声さえ出せない。
――いや! だれか……助けて!
その時だった。
「ああ、そこに居たんだ」
あたし達の背後から、聞き覚えのある声がどんどん近付いて来る。
「もー、捜したじゃないか。どこ行ってたんだよ」
あたしは今日、女子同士でお祭りに遣って来た。男子と待ち合わせもしていなければ、彼氏を作った覚えも無い。
だけどその台詞は、今まで一緒に居てはぐれてしまったあたしを捜してくれていたようにしか聞こえなかった。そして、あたしを困らせたおじさん達にもそう自然に聞こえたみたいだった。
「よ、良かったな、見付かって」
「じ……じゃあな」
言葉とは全く反対に、おじさんは奇妙に口元を歪めると、するりとあたしの手を放して背を向けた。
「なんだ? 連れが見付かったのかよ……」
背中越しにそう言うと、おじさん達は舌打ちして去って行った。
「……」
あたしは後から現れて助けてくれた人物を黙って見上げた。