第21話 女神(おんながみ)様のいたずら…1
あたし達の校区には、市内でも一番大きくて立派なお社を持つ神社がある。福の神である女神様を祭っている県内でも有名な神社で、季節の行事がある度に遠方からわざわざ参拝しに来る人も多い。
神社が近くなるに連れて、沿道には参拝する人達が増えて来た。屋台も神社から随分離れた所から、ぽつりぽつりと見掛けるようになったけれど、朱塗りされた大きな神社の鳥居を過ぎると、もうそこは完全に車進入禁止区域で規制されていた。
普段は車が行き交う片側一車線の道路だけれど、広く余裕を取って舗装されている道路が歩行者で埋め尽くされているのを見てしまうと、つい参拝が億劫になって気後れしてしまいそうになる。
左右の道路脇にはいろいろな屋台がびっしりと軒を連ねて、行き交う人達の眼を愉しませた。美味しそうな焼きそばのソースの匂いや、香ばしいイカ焼きの匂いもして来て、鼻をくすぐられたあたし達は誘惑されてしまいそう。
「香代~、たこ焼き買わない?」
「えー、お参りが先でしょう? それに、荷物が増えるからまだ駄目だよ」
姫香が堪らなくなってあたしの浴衣の袂を軽く引く。
本当はあたしも賛成したい所なのだけれど、ここはうちの学校の校区内。まだ明るいからたこ焼きを頬張っている時に、知り合いの子や先輩に逢うかも知れないもの。
それはちょっと恥ずかしいかなと思ってしまう。
「ん~、でもね香代」
「なに?」
「一葉達、もうチョコバナナ買って食べてるわよ」
「あ……いいなぁ~」
一葉達が美味しそうに食べているのを見てしまい、上品なあたしはどこかに消えてしまった。
神社が執り行うお祭り――夏祭りには、昔から健康や農家の収穫などの祈願や厄祓いと言った目的がある。だけどあたし達にとっては不謹慎だけれども、お祭りイコール屋台が本当の目的になっちゃっている。そして、もし神様が居てくれたのなら、成績を上げて貰いたいとか、ステキな人と巡り逢えますように……なんて都合の良いお願いをコッソリと言いに来た……くらいにしか思っていない。
「ねえ、みんなは何をお願いするの?」
姫香の質問に、みんなはテストや部活での成績の事や、片想いの彼氏に想いが届きますように……って、やっぱりお約束みたいな都合の良いお願い事が返って来た。
「ねえ、香代はぁ?」
返事を渋っていたあたしに気付いて、姫香があたしの顔をぐぐっと覗き込んで来た。
「ええ? そう言う姫香は?」
あたしはもう一人姫香の質問にまだ答えて居なかった本人に話を振った。
「あ? あたし? よくぞ聞いてくれたわね。あたしのお願いは、今年こそ『意中のカレに振り向いて貰う』ことよ!」
「えー、それって誰?」
「い……いやぁ、あのさぁ……今のところはまだ一人に絞れてなくってさぁ……」
「それって複数のカレだよね?」
「う……うん……」
苺チョコを頬張った一葉が暢気に突っ込んだら、さっきの威勢はどこへやら……息巻いて答えた割には、しどろもどろになっちゃって消極的な答えになってしまった。
「一体、何人居るのよ?」
「……」
「決められないんだ」
「やだ、香代あたしばっか答えさせて、今度は香代の番だよ?」
真っ赤になった姫香が、慌ててあたしに振って来た。
「いや、あ、あたし……」
本当は、神様が居てくれるのなら、一つだけ願い事があった。
それは、六年生からあたしがずっと悩み続けている事で、他の子達はもちろん、姫香や亜紀でさえ内緒にしていた事。
――以前のように、慶と普通に話せるようになったらいいな。
別に慶と喧嘩したわけじゃ無い。あたしが慶の事を自分で勝手に嫌ってしまい、勝手に慶のなにもかもを悪いように思っていただけ。慶は何も悪くはないもの。
でも、そんな事を姫香を前にしては言えないわ。
姫香も慶の事が好きだから。
だから……
「ナ・イ・ショ」
「あ~香代、ずる~い」
祭りのお囃子が近くなって来た。
東西の大きな朱塗りの鳥居からお社までは、双方ともに約一キロほど距離がある。あたし達は屋台に惹かれて寄り道をしながら、やっと目的の神社に到着した。
普段は広くて閑散としている境内だけれど、この日は一日限りの夏祭り。日がとっぷりと暮れると、境内のあちらこちらには暖かいオレンジ色の提灯が賑やかに点された。
所々足元を照らす行燈のような照明も用意されて、行き交う人の足元を照らしたけれど、こう人が多くては足元なんか判らない。
「あ!」
「大丈夫? 気を付けて?」
人混みに揉まれた拍子に、あたしは階段があるのに気付かなくて躓いてしまった。見知らぬおばさんから優しく声を掛けられて、恥ずかしくなって慌ててすぐに立ちあがったけれども……
「……」
あれ……?
たった一瞬だと思ったのに、あたしの傍に居たはずの姫香達が……居ない。
……どうしよう。姫香達と、はぐれちゃったみたいだわ……




