第20話 本当の姫香
小学校の時より中学校の校区が広いから、クラスの友達や顔見知りになった人もたくさん出来たし、入部した女子軟式テニス部でも友達や先輩に囲まれて、あたしは充実した中学校生活を送る事が出来るようになった。
入部したテニス部は、小学校での部活とは違って練習量も多いし、一日にこなすメニューも日を追う毎に増えて行ってそれなりにきついけれど、姫香や亜紀もあたしと同じく、音を上げずに頑張って先輩方に付いて行く。
だけど、たった一つだけ心に何かが引っ掛かっていて不快だった。急に何かのきっかけで大切な事を思い出せそうな気がするのに、それが何であるのかを思い起せない。不思議な焦りを感じてしまい、それが不安を掻き立てて、胸が苦しくなってしまう。
最近では、みんなとワイワイ騒いでいる時や、あたしが何かに満たされている時に限って、その奇妙な引っ掛かりを持った『何か』があたしの中のを過って、夢中になっていた会話に突然醒めてしまったりしていた。
一体、このモヤモヤの原因は何なのよ……?
あたしは何を焦っているのかしら……? 何を……?
「て、ねぇ、香代? 聞いてる?」
「え? あ、ああ……うん……で、何だったっけ?」
「あのね……聞いて無いじゃん」
亜紀の問い掛けに、いい加減な生返事をしてしまったあたしは、姫香に呆れられてしまった。
「……ごめん」
「よお~く聞いててね? 明日、八幡神社の夏祭りに、練習が終わった部活の一年生同士で行こうって話していたでしょう? 亜紀はピアノのレッスンがあるから行けないそうだけど、香代はどうする?」
「い、行くっ!」
どうせ部活が終わったら、家に帰るだけだもの。家に帰ってもお父さんもお母さんも仕事を持っているから、なかなか帰って来ないし、毎日独りで留守番しているのも寂しいわ。
「そう言うと思ったわ。良かったぁ~、香代が来てくれて」
「え?」
意味深な姫香の言葉に、あたしは妙に警戒する。
「だって、四組の国立さんや中村さんなんか、彼氏を連れて来るって言うのよ? これって一緒に待ち合わせても良いけれど、後は別行動になっちゃうじゃないのよ。他の子とは、あたしあんまり話した事がないからさぁ……心細くって」
「みんな女の子だけでしょう? 七人中、二人だけ? でも、彼氏連れて来るのは違反だよー」
「でしょ? でしょう?」
姫香はあたし以上に興奮している。
『彼氏』――
あたしはその言葉が妙に気になり、キーワードとして胸に響いた。
何故だか慶の顔が頭の中でちらつくけれど……あたしの中に現れた慶の顔は、みんな小学生の頃の幼い慶の顔ばかりだった。『彼氏』と言う言葉を聞いてから、あたしの心は妙にざわついて落ち着かない。
どうして……なのかな?
* *
浴衣を持っている子はそれを着て、学校正門に七時半に集合との約束だった。
次の日の部活が終わったあたしは、お母さんが用意してくれていた紺色生地に綺麗な蝶が描かれている浴衣に初めて袖を通し、慣れない手つきで浴衣を着た。
あたしが着ていた小学生の時の浴衣は、白地にピンクが基本色のカラフルな手毬模様で、帯もふんわりしたピンクの幅広い帯のちょうちょ結びだったけれど、今度の浴衣は色も暗くて少し地味かなとも思った。でも、帯は浴衣とは反対色の鮮やかな黄色。後ろの部分が先に結って出来あがっている帯だから、結び方で困る事は無いし、あたしでも簡単に着る事が出来た。
「……わ……」
着つけを終えて、姿見を見たあたしは少しだけ驚いてしまった。
浴衣を着ただけなのに、あたしってこんなにお姉さんっぽくなっちゃった……
お隣の美咲お姉ちゃんみたいで、凄く嬉しくなる。
ついでにお母さんの化粧品を借りようかと思ったけれど……それはこの前に失敗して、お化けみたいになっちゃったから止めておこうと思い直した。お化粧は、まだあたしには早過ぎるのかも知れないわ。
約束の時間に正門に集まったのは、七人中六人。そのうちの二人は宣言通りに年上の彼氏を連れて来ていて、彼女達二組は早速別行動になってしまった。
あたしみたいに浴衣を着て来たのは、浴衣を持っていない姫香以外全員だった。但し、あたしと一葉だけが足首まで丈がある、昔ながらの浴衣で、他の子達は膝上丈の今風のミニだ。
「羨ましいな……」
そう小さな声で言った姫香の独り言を聞いてしまい、あたしは悪いような気がして、浮かれていた気持ちが一瞬で萎んでしまう。
何故浴衣を着て出掛ける前に、絶対に行くと約束していた姫香と着て行くものを合わせてあげられなかったのか……友達なのにそのくらい気を効かせてあげても良かったのじゃないのかしらと。
「香代ぉ~、もしかして今、あたしに凄く悪いって思ってる?」
「うん」
「気にしないで。あたしだけが持っていなかったのはそれなりにショックだったけど……でも、よくよく考えたら浴衣が似合うようなあたしじゃないし。良いのよ別に」
「どうして判ったの?」
「だって、香代ってば顔にちゃんと書いてあるもん」
「え? 何て?」
「あたしに『ごめんね?』って。でも気にしてくれて嬉しかったなぁー。あたしはもう大丈夫だから、せっかくのお祭りなのに楽しもうよ? ね?」
そう言って、姫香はにっこりと笑ってくれたけれど、笑った姫香の目尻からは、光る涙が少しだけ見えていた。
普段、男子にも気遅れしないで張り合うくらいの負けず嫌いで、芯の強いしっかり者の姫香だと思っていたけれど……本当は自分の弱い部分を知っていて、それを隠すためにわざと強がって見せていたんだわ……
一年以上も一緒に居て、少なからず疑っていたのだけれど……本当に……そうなんだ。
あたしはこの時初めて『素』の姫香を見てしまった気がした。
「姫香ぁあ~~~」
「きゃっ? な、なに? どうしたのっ?」
あたしは思わず姫香に抱き付いてしまった。精一杯背伸びしちゃってるアマノジャクみたいで、なんだか可愛く思えたから。