第2話 三人の秘密
「お待たせ」
これでもう『慶と付き合っているの?』だなんて失礼な事は言わせないわ。
あたしは少し気取って、二人が待っている教室のドアまで遣って来た。
「あ、あのぅ……」
「なに?」
先に言葉を発したのは、物静かそうな亜紀だった。
彼女はパッツン前髪に、左右振り分けお下げ髪の眼鏡っ子。彼女には失礼だけれど、自己主張したい今どきの女の子の中でも珍しく『地味』が服を着て歩いているような女の子だった。
彼女はまるで悪い事をしてしまったような、すまなそうな眼をしてその眼鏡越しにあたしの表情を窺うと、言い難そうに顎を引いて俯いた。
「い、いいの? ……秋庭くん」
「……え?」
亜紀はあたしから放置されてしまった慶の事が、心配になって仕方が無いらしい様子だった。
その弱々しく言った一言が、あたしの胸に細い針のようにチクリと刺さる。まるで姫香の言葉を真に受けて、あたしの取った行動を非難しているみたいな言い方だったから。
だけど、慶とは本当に単なる幼馴染のお隣さんなのであって、『彼氏』だとかそんな眼で慶を見た覚えは無い。それを証明してあげただけなのに、どうしてこんなにも亜紀の言葉が『痛い』と感じたのか、自分でも不思議だった。
あたしが居なくっても、慶には副主将の門田や佐伯……他にも一緒になって帰る友達は何人も居る。だから、なにもあたしが気にする事もなければ、亜紀みたいに心配する必要なんて無いのに……
「ふふーん、気になるぅ?」
遠慮がちに亜紀が言った言葉を、姫香が挑発的に切り返した。
亜紀はあたしに聞いていたのに、どうして姫香が出て来るの?
そう思ったのだけれど、二人は友達同士みたいだし……それに二人とも入部希望を口にしているけれど、どんな子達なのかよく判らない所がある。だから、あたしは一歩退いて二人の出方を窺う事にした。
「だっ、だって……き、急にあんな……姫香だって……」
「はいはい、続きは帰りながら続けようねー?」
「ち、ちょっと姫香ぁ」
「いいから!」
名前を呼ばれた姫香の顔が、たちまち真っ赤になった。そして亜紀に続きを言わせないように廻れ右を促すと、強引に彼女の背中を押して教室から離れようとする。
どうなっているの?
二人の奇妙な遣り取りを黙って静観していたあたしは、自分に向けられた姫香の視線に気が付いてハッとした。
「さ、一緒に帰るんでしょ?」
「え? ええ……」
亜紀の背中を押しながらあたしを振り返った姫香は、にっこりと笑ってそう言った。
「あ、香代ぉ、一緒に帰ろう?」
「うん、い……」
「あっ、ごっめーん、今日はパス」
下駄箱の所で、いつも一緒に帰っていた雛乃達から声を掛けられて、あたしはOKの返事を出そうとしたのに、姫香にきっぱりと断られてしまった。
「ちょ、ちょっと姫香さん? さっきからどうしてそんなに強引なの?」
なに仕切っているのよ? これじゃあドラマとかに出てくる『お局様』みたいじゃないの。
姫香の態度が気に入らなくなって、つい棘のあるような言い方をしてしまった。一緒に居る亜紀も、あたしと同感だと言いたげな眼で姫香を見ている。
「ああごめんね? でも他の人には聞いて欲しくは無かったから」
「なにが?」
あたしの言葉を合図に、姫香はチラリと亜紀に視線を走らせると、亜紀は顔を赤らめて俯いてしまった。
「あのね? この子、秋庭くんが好きなのよ」
「……は?」
な、なに……? 今、何て?
あたしは自分の耳を疑った。
「や、やだぁー姫香ったら、そんなにハッキリと……」
「って、ハッキリと言わなくっちゃ判らないでしょう?」
照れる亜紀に姫香がぴしゃりと言い切った。
あたしはいきなりな事を聞かされて混乱してしまい、なにがなんだか……
「でね? 亜紀はこんな性格だし、いつまで経ってもこのまんまみたいじゃない? それに秋庭くんにはあんたが居るし……」
「で、あなたが代わりにあたしに直接聞いて来たって訳?」
「ピンポーン!」
言葉尻を取ったあたしに、姫香が能天気に調子付く。
「……」
あたしは言葉を失った。
慶とは単なる幼馴染だと思っているし、『好き』っていうほどの恋愛感情も持ってはいないと思っていた。でも、慶の事を想っている亜紀の存在を教えられた瞬間に、自分でもよく判らないもやもやとした感情が胸の奥に湧き上がって来たのを感じてしまう。
「秋庭くんの事をよぉ~く知っているあんたが居れば、心強いわ。ど? ここはひとつ情報提供して、あたし達に協力してくれないかしら?」
そう言われても、簡単に『ええ、いいわよ』と言う気にはなれなかった。第一、幾ら親友の事だからって、こんなに真剣に……
そこまで考えて、あたしはある事に気が付いた。
初対面で慶の事を『アキバ系』と言っていたのに、今の姫香は『秋庭くん』と呼んでいる。
嘘……でしょ……?
亜紀はどうも気が付いてはいないみたいだったけど……まさか、姫香まで慶の事を密かに想っているのじゃないでしょうね?