表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/105

第19話 入部

「ちょっと! あたし達は入部するために来ているんだから。邪魔者扱いはやめてよねっ!」


 不躾ぶしつけな男子の物言いに、早速姫香がみ付いた。


「へえ~、三人とも『男子テニス部』に……か?」


「なっ……」


「馬っ鹿じゃないの? あたし達がなんで『男子部』なのよ?」


 お約束でボケた彼に、すかさず姫香が突っ込んだ。


「あ? すまん。この二人が『女子部』で、アンタだけ『男子部』に入りたいみたいだな」


「こ、このぉ~~~」


 とぼけた彼は、真っ赤になった姫香を指してニヤニヤと笑っている。偉そうな上から目線で馴れ々しく話し掛けて来るけれど、どこか憎めないなと思ってしまうのは、あたし達に対して悪意が全く感じられないからだろうか?



「危な―――い!」


「ボール行ったよ!」


 練習中の先輩からの声掛け直後に、高く飛んだアウトボールがあたし達を襲った。上空で小さな点になっていた軟式ボールが、急速にこっちに向かって落下して来る。


「動くな!」


 彼は上空を振りあおいでボールを捉えたままあたし達を一喝いっかつして、素早く手にしていたラケットをケースから取り出すと、真剣な表情をしてあたし達の頭の上で慎重に払って、ボールの落下コースを変えた。


 彼によって球威をいなされたボールは、練習中の先輩方の居るコートにコロコロと転がってネットの端に引っ掛かる。


「サンキュ」


「うぃーっす!」


 先輩からの挨拶あいさつに軽く頭を下げる彼。


 ふーん、先輩にはちゃんと礼儀をわきまえているんだ。場の空気を読んでふざけたり、真面目になったりの切り替えがきちんと出来ているのだわ。そうだと判ると、今までの嫌味も彼の冗談の範囲内に思えて、良くなかった最初の印象が薄れてしまった。


 ……一人、姫香を除いては。



 彼は何事も無かったような素振りで、ラケットを再びケースに片付ける。


「いや、マジでココに居れば危ないって。入部希望なら俺もだから、一緒に行こうか」


「ちょ、ちょっとお! だから『男子部』じゃないって! つか、アンタこそ『女子部』に入部するつもり? 『一緒に行こうか』ってナニ?」


「いんや、誰が『女子部』だよ。男の方はマネジが居ないから、入部希望者は女子も男子も窓口が一つなんだとさ」


『案内するよ』と言ってあたし達の前を行く彼を、姫香は気持ち悪がったけれど、そういう理由なら仕方が無いわ。


「てか、まだあたしはまだ決めて……」


「はい、ウダウダ言わない。『入部するから』ってさっき言ってただろ?」


「それはあたしじゃな~~~い」


 初対面でしかられた。あたしじゃなくって、言ったのは姫香なんだってば。


「いいじゃん。ひと山セットで」


「まだ言うかぁ~~~!」


 強引な彼にうながされて、あたし達は奥のコートで練習を始めている女子の先輩方の所へと連れて来られてしまった。



「いや~女の子が大漁、大漁! 部活ライフがたのしみだぜぃ」


 今にも鼻歌を歌い出しそうなくらい上機嫌な彼とは対照的に、あたし達三人はやや機嫌を損ねてしまった。しかも、あたし達の事を魚か何かと勘違いしているし。


 特に姫香は思いっ切りほほふくらませて鼻息を荒くしている。


 あたしは彼のテンポに乗せられてしまい、STOPを掛けるタイミングを完全に失っていた。亜紀もあたしと同じく退いている。


「先輩、入部希望者四名でお願いしまぁーす」


「はーい。じゃあここにクラスと名前、連絡先を記入してね」


「ハイ」


 姫香と亜紀は最初から入部するつもりでいたから別に問題は無かったけれど、迷っていたあたしまで巻き込まれ、不甲斐ふがいなくも流されて……断る事が出来ず、結局入部してしまった。




 彼の名は『田村 恭介きょうすけ』。親の事情で校区外の東雲しののめ小学校から、この春に引っ越して来たのだそうだ。


 見覚えの無い顔だわ……と思っていたら、通りでね。


「へー、俺よりも先に入部していた奴が居たんだ。てっきり俺が一番だと思ったのになぁー……あき……にわ? ……あきにわ? あきば?」


 田村くんが口にしているのは、先に名簿に記入されていた慶の事だとすぐに判った。名前に振り仮名が無いから彼は呼び方に少し戸惑っていたみたいだった。


 あたし達三人は、これから慶のライバルになるかも知れない田村くんの反応をうかがって、息をひそめた。


「おっ? これ、アキバケイじゃん。なぁ~んだアイツかよー」


 そう言うと、田村くんは後ろの男子コートを振り返り、慶の姿を探し出す。


「知ってるの?」


「ああ、試合で何度か……あ、居た居たあそこだ」


「対戦していたんだ」



 あたしの問い掛けに、彼は黙ってうなずいた。


 あたしは慶よりも色黒で体格の良い田村くんを見て、直感的に彼の方が慶よりも強いと思ってしまった。彼が入部するのなら、慶のライバルになるのかしら……?


 急に慶の事が気になって、心配になってしまった。


 あたしの表情を読んだのか、田村くんはまたしてもニヤニヤと笑いながらあたしの顔をのぞき込んで来る。


「何度対戦してもボッコボコに……負けンだよな~これが」


「……はぁ?」


 彼のわざとらしい『間』で思いっ切り肩透かしされてしまった。これも田村くんの得意な冗談なのだろうかと、判断に悩んでしまう。



「女子の更衣室はそこ。男子は向かいの奥……少し離れているけれど、つき当たって左が部室よ」


 入部手続きを終えた田村くんは、先輩の説明もそこそこにあたし達から二・三メートルほど離れた所で荷物を乱暴に置くと、いきなり制服を脱ぎ始める。


「きゃっ!」


「ち、ちよっとー、なにココで着替えてるのよ! 部室があるでしょうが!」


「はあ? つか、下に着てるし。見なきゃいいだろ?」


「そっ、そおゆう問題じゃ……無いったらぁ!」


 姫香の注意さえ聞いてない。


 結構『俺様』な田村くんには、姫香の突っ込みが中々さまになっているように思えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ