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第18話 香代の悩み

「判ってるわよ。でも秋庭くんが居るから」


「ん、ねぇ~」


「……」


 二人はタイミングを合わせて大袈裟に首を傾げた。


 彼女達はもうとっくに入部を決心しているらしい……でも、やっぱり入部理由は不純な動機のままなのね?


 小学校でたった一年間だったけれど、二人とも他の部員より熱心に練習していたせいか、見違えるくらいに上手になっていた。


『秋庭くんが居るからテニス部に……』最初の入部動機はかなり不純で問題有りだったけれど、それでも彼女達はそれぞれ練習を頑張っていたし、最近ではゲームの面白さが判って来たみたいだった。


 後はもっと試合数をこなして経験値を上げて行く事くらい。あたしが二人に教えてあげられる事はもう無いし、本人達が今以上に上達するよう努力出来るか……だわ。


「ねぇ、香代も入ろうよ?」


「う……うん……」


 亜紀にブレザーの袖口を引っ張られて歩き出しても、あたしはまだ迷っている。


 慶を見たら、また変なドキドキが始まっちゃうかも知れない……あたしはそれが怖かった。


 慶を見なければいいと単純に思っていたのは甘かった。最近では近くに慶の気配を感じただけでドキドキして苦しくなる。


 あたしはそのドキドキを姫香や亜紀に……ううん、この事は他の誰にも知られたくは無かった。


 だって、もしかしたら病気なのかも知れないもの。


 ……どうしよう……?


 悩めば悩むほど胸が苦しくなって、不安で堪らない。


 もう……慶が居るからだわ。慶が居なければ、こんなドキドキに悩まされる事なんか無いのに……そんな酷い事を考えてしまうけれど、居れば鬱陶しいと思うのに、いざ姿を見ないと無意識に視線が慶を捜して彷徨さまよってしまう。


 一体あたしってばどうしたんだろう?


 あたしって、そんなに慶の事が眼障りで……嫌いになってしまったのかな……?


 慶はなんにも悪くないのに。あたしが勝手に慶を動悸の原因にして、悪者にしちゃっているだけじゃないのかしら……?




「あの人が女子部の部長だよ?」


「え?」


 亜紀に袖口を引かれて、されるままに付いて行けば……あたしはいつの間にか運動場の隅を姫香と亜紀に促されて通り、気が付けば慶達男子が練習しているテニスコートの前に来ていた。


 あれこれと考え込んでいるうちに、あたしは二人にまんまと連れて来られてしまったのだ。


「今から入部するわよ?」


「ええっ? ち、ちょっと亜紀! あたしは入部するだなんて一言も……」


「遅かったね?」


「は……はぃい?」


 言い掛けたあたしの言葉をさえぎるように、背後から慶の声が聞こえた。途端にドッキーンと心臓が大きくねて、不規則にあたしの胸を打ち鳴らす。


 あたしは自分の異変を姫香や亜紀に知られるのが怖くなって、オドオドしてしまった。


 こんな時に、なんで慶が……? な、な、なんで来てるのよ? 慶のお邪魔ムシ!


「あー、アキバケイ。あんたもう入部して練習してんだ。流石はテニス馬鹿だわね」


「『馬鹿』で悪かったな。で? 三人とも入ったの?」


「えっ?」


 その姫香の言葉に、あたしはキョトンとして自分の耳を疑ってしまった。


 だって、慶が部活練習しているのを真っ先に見付けて知っていたのは姫香だよ? なのにたった今見付けたみたいな話し方をして……しかも、三人しかいない時の姫香は、慶の事を『秋庭くん』ってちゃんと名前で呼んでいるのに、本人を前にして他の男子と同じ対応で、タメグチ・あんた呼ばわりって……どう言う事?


 あたしの頭の中は、疑問符が一杯飛んでいる。


 あたしはいつものドキドキを持て余しながら、それでも姫香が気になって顔を上げたら、丁度あたしの真ん前に亜紀が居た。


「……」


 ああ……亜紀の慶に対する反応は、やっぱり以前と変わっていない。頬を赤らめて俯いてしまっている。


 だけど、その亜紀の向こうで慶と喧嘩腰で話している姫香は、いつもの姫香とは違っていた。


 好きな人の前だと、どうやら普段よりもテンションが上がってしまってとがってしまうみたいだわ。


「あのね、その『三人とも』って何よ? あたし達はひと山幾らじゃないのよ。失礼ね」


「はあ? 失礼って言われても別にそんな心算じゃ……」


 姫香に突っ込まれて慶が困っている。


 あたしはその光景が、昔のあたしと慶の遣り取りに似ているように思えてハッとした。



「秋庭―! 次、お前だぞ?」


「あ、ハイ! 香代、まだなら入部しろよ。じゃあな」


 先輩から呼ばれて、慶はさっさとコートに戻って行った。


 ……なにその命令口調。それに、なんであたしが入部を迷っているのを、慶が知っていたの?


 二人の前であたしは慶から名指しされてしまい、頬が熱く火照ってしまった。あたしだけ慶から特別扱いを受けてしまい、二人になんだか申し訳ない気がして引け目を感じてしまう。


 亜紀はあたしの事を羨ましがり、姫香はと言えば……慶との遣り取りに不完全燃焼だったらしく、少し不機嫌だったのに、慶が居なくなった途端にいつもの姫香に戻って『秋庭くん、やっぱいいわ……』だなんて惚気のろける始末。



「はいはい、入部しないのなら、さっさと帰れ。そこでボサーっと突っ立ってたら、アウトボールが飛んで来るぞ」


 不意に背後から注意されて、あたし達は驚いた。


 振り向けば、詰襟の学生服を着た慶と同じくらい背の高い、色黒の男子が立っていた。


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