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第17話 入部の動機

 あたし達が入学した藤沢中学校は、市内でもかなり部活動に力を入れている中学校。部活動の三分の二が運動系で、県大会や全国大会にもランキングされているほど知名度が高く、高校の推薦入試では有利な位置を占めていた。


 部活に運動部を選べば、自己の運動能力を高めるに規則正しい生活が前提となるため、藤沢の生徒は他の中学生よりも自己管理に優れていると、卒業生を受け入れる側から好印象を持たれている。



「どうしようか……」


 入学式の後の部活動見学で、あたしは少しだけ迷って溜息を吐いた。


「なにが? ねえ、部活は当然軟庭でしょ?」


 あたしの呟きが聞こえても溜息が聞こえなかったのか、姫香がにんまりと笑って、部活案内のパンフを読むあたしの顔を覗き込んで来た。


 笑い方が妙にいやらしく、下心ありに思えてしまいあたしは退いてしまう。


「な、なによそのやぁ~らしい顔はぁ」


「ふっふーん、だってぇー秋庭くんはもう入部してるわよ? ほら」


「えぇ?」


 入部って……さっき入学式が終わったばかりなのに?


 あたしは姫香が指した運動場の方を見た。


 小学校よりも一回り大きくて広い運動場では、野球部とサッカー部、陸上部がそれぞれ分割して練習を始めていて、あちこちで積極的に新入生を勧誘する姿が見える。そして運動場と繋がっているけれども……校舎で『L』字型に区切られる奥まった場所にテニスコートがあり、そこで男子先輩方が練習を始めているのが、校舎越しに少しだけ見えた。


 ラケットのガット中央に当たる、独特なボールのインパクト音が校舎の壁に反響している。


 姫香は慶がその男子先輩方に混じって練習していると言うのだ。



  *  *



『僕さ、お父さんみたいにテニスの大会で優勝するんだ……』


 小学生の声変わりする前の慶の声が、頭の中で急に蘇った。


 四年生に上がる年の春休みに、お仕事の都合で慶のお父さんは、遠い名古屋へ行ってしまった。


 小さい頃からお父さんっ子で泣き虫だった慶なのに、お父さんが出発するまでずっと我慢していたみたいで、お父さんが出発した後、慶のお母さんとお姉さんは家に戻ったのに、慶だけは門の前で車に向かっていつまでも手を振りながら泣いていた……


 あたしが心配して慶の所に行くと、慶はあたしに背中を向けたまま、片手でぐいと涙を拭いて振り返り、無理矢理引きった笑顔を浮かべた。


 その時、慶の右手には、お父さんから貰ったと言う金色のメダルが納められている四角いケースを持っていて、あたしに見せながらそう言ったのだ。


『いつかお父さんと試合が出来たらいいなって……約束したんだ。だから、香代も一緒にやろう?』


『一緒にやろう……』


『一緒に……』


 慶の言葉が繰り返して頭の中でリプレイされる。


 その時は慶に誘われた勢いで入部なんかしちゃったけれど……今、冷静に思えば、なんであたしまでがテニスを遣らなくちゃいけないの? と考え込んでしまう。


 でも、それからの慶は人前で涙を見せたりしなくなり、泣き虫の慶はどこかへ消えてしまった。



  *  *



「姫香ぁ~、香代ぉ~」


 呼ばれて声のする方を見ると、亜紀が息を弾ませながら運動場を校舎沿いに駆けて来るのが見えた。


「やっぱ、本人だったでしょ?」


「うん! 姫香が言った通りだったわ。でもああやって見ると、秋庭くんって主将遣っていただけあって、さすがだわ。上手いんだね? 先輩達に混じって練習していたのに違和感無いもん」


「でしょ? でしょう?」


 二人は興奮して手を取り合うと、声にならない歓声を上げてその場でぴょんぴょん跳ねた。


「……」


 ……まるでアイドルの追っかけだわ。慶ってそんなにカッコ良い?


 あたしは二人のはしゃぎっぷりに退いてしまった。どうしても二人みたいに、慶がカッコいいとは思えない。


 だけど……それは小さかった頃の慶を知っているから? 


 慶の失敗ばかりしていたのを間近に居て見過ぎてしまったせい……なのかしら?



 あたしがぼんやりと入部案内を読んでいる間に、姫香は持ち前の視力で、あの遠方で練習している先輩方に混じっていた慶を発見したらしい。そして亜紀は姫香の言葉を確認するため、先に練習を見に行って来たのだそうだ。


「水を差すようで悪いけど、ここは顧問の先生が男女別々で、練習メニューも違うわ。女子は練習量もきついそうよ?」


「うん。聞いてるよ」


「男子よりも女子の方がレベル高いから、脱落する人が多いんだってね?」


 あたしの問い掛けを二人は既に承知していたみたいだった。


 実際、男子部員に比べると、女子は男子の三分の二。但し、練習量も多くてきついけれど、毎年試合では上位に入賞している。レベルが高ければ遠征も多くなり、必然的に練習量も小学校とは違って多くなる。時間的・家庭の経済的にも負担が掛り、余裕がなくなってしまう。


 あたしはそこまでして部活に打ち込めるかどうか……正直、自信が無かった。実は去年入部した先輩方の殆どが、顧問の先生とめて退部してしまったのを聞いていたからだ。


 それに……


 四面あるコートを練習量に合わせて男子部と女子部で振り分けるそうだから、隣のコートには先に入部してしまった慶が必ず居るって事になるのだ。


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