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第15話 チョコの行方

 午後の授業になっても、あたしは持って来たチョコの遣り場にずっと悩んでいた。


 こんなに悩んでしまうのなら、みんなのお目当てだった二組の三宅くんにさっさと渡しておけば良かったのに……


 そう思ったけれど、自分のチョコがなんだかみじめで可哀想になってしまいそうな気がする。


 第一、その気も無いのに三宅くんに渡そうだなんて考える事自体がどうかしているし、渡されれば三宅くんだってきっと迷惑だわ。


「……?」


 あたしは頭の中で三宅くんにチョコを渡そうとしている図をシミュレートしてみたけれど……大きな問題に気が付いてしまった。


 あたし、三宅くんどころか、チョコを他の誰にも渡せそうにない……


 今まで慶にしかあげた事が無かったチョコ。もちろん『お義理』のつもりだから、お互いにかしこまったシチュエーションなんか無い。


 『はい、これ~』『お? サンキュ』なんて、プリントか回覧板を手渡すようなノリだったから、『照れ』も無ければ『恥じらい』なんて言うのも全く無かったもの。


 途端に持って来たチョコが精神的に『重たく』なってしまった。ついでにあたしの胃の辺りもなんだか重苦しい気がして来る。


 渡すつもりが無いのなら、どうして学校に持って来てしまったのだろう……ううん、それよりももっと先……



 チョコなんか……なんで作っちゃったんだろう……?


 自分に言い訳までして。




「こらっ! 香代」


「きゃ?」


 急に頭の上からふざけ気味に怒鳴られたあたしは、自分の席で飛び上がりそうになるくらい驚いた。


「なぁ~に遠い眼で秋庭くんの方見てんのよー。もう授業終わったよ?」


「あっ、え? え……ええ……」


 姫香と亜紀に左右から挟まれて縮こまってしまったあたしは、姫香の言葉に二度驚いてしまった。


 無意識とは言え、あたしが慶の事を見ているって言うの? 


 ……ううん、そんなはずは無いわ。慶なんか嫌いだもん。慶には亜紀や姫香が居るし、あたしは慶とは単なるお隣さん……なんだから。


 単なる……


 あたしは一学期にあった修学旅行の嫌な思い出を脳裏によみがえらせてしまった。



  *  *



『お母さん酷い! どうして慶にあんな物を渡したのよ?』


 旅行から帰って『ただいま』もそこそこに、あたしに恥ずかしい思いをさせたお母さんを涙目で責めてしまった。


『ごめんね。本当は車で追い掛けようとしていたのよ。でも丁度慶くんとお母さんがお家から出て来られてね、「香代ちゃんの忘れ物なら慶が届けますよ」って言われて……』


『断れば良いじゃない』


『せっかくのご好意なのに断れないでしょう? それに、慶くんだってお母さんが手にしていた物を見てすぐに何か判ったみたいだったから、隠す事も無かったしね。美咲ちゃんも居るし、別に取り立てて驚くような事じゃないでしょう?』


『だからってなにも……』


 あたしは顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなってしまった。反論しようとするのだけれど、余りの怒りに言葉が上手く浮かばない。


 お母さんはそんなあたしを見て、少し困ったような顔をした。


『女の子のお月様は香代が思っているように、恥ずかしくて不潔なものかしら? 慶くんのお母さんは、女の子には必要で大切なものとして慶くんに伝えているわ。香代は渡して貰った時に、慶くんから何か嫌な事を言われた?』


『……ううん』


 そんなこと……無かった。


 慶は少し恥ずかしそうだったけれど……からかったり、その事を他の男の子に喋ったりはしなかった。それどころか、あたしに手渡す為に、みんなとの集合に間に合わなかったのを、自分のせいにしてくれた……


『女の子は、旅行や体調の変化で急に周期が変わっちゃうって事がよくあるの。お母さんがうっかりしていたわ。気が付くのが遅れてごめんね?』


 あたしはそれ以上、お母さんを責められなくなってしまった。


 でも、恥ずかしい思いはしてしまったわけで……このどうにもなりそうにない不快感のせいで、以後、あたしは慶を避けるようになってしまったの。


 慶は全く悪くない。


 だけど、お母さんからの話を聞かされても、どうしてもあたしは慶と視線を合わせる事が出来なくなってしまったのだ。



  *  *



「ねえ、香代はもう渡したの?」


 亜紀から不意に質問されて、胸がドキリと高鳴った。


「え? あ、やぁ……べ、別にあたしは、そ、そんな……」


 曖昧に言葉を濁したあたしは、無意識に机の下へ隠していたチョコを触わった。


「なに? 怪しいな」


「な、なんでも無いったら。大体あたしはバレンタインだなんて興味無いし、それっ?」


 あっという間に姫香の手が伸びて、あたしの机の中に入った。


 あたしが軽く触れていた箱を素早く探り当てると、それを握って取り出した。


「あっ!」


「ふふ~ん、やぁ~っぱし持って来てるじゃない。もー、香代ってば、素直じゃないんだから」


「ちょ、ちょっと姫香!」


 あたし達は小競り合いになった。


 ファンシーショップで買った、小さくて可愛い熊が一杯印刷されているクリーム色の包装紙に水色のサテンリボンを飾っているチョコの箱にクラスのみんなの視線が集中する。


 みんなが見てる……そう思った瞬間、あたしはとっさに慶を見た。


 慶は不思議そうな顔をして、あたしと姫香の遣り取りを見守っている。



 慶が見てる……



 慶の視線を意識してしまったあたしは、更に恥ずかしくなって真っ赤になった。そして強引な姫香にムッとなる。


 まさかこのチョコを慶の眼の前で披露して、姫香と引っ張り合う破目になるだなんて。こんなのって……無いよ。


「やだ、姫香放してよ!」


「そうムキになりなさんなって」


 姫香はウシシと笑って、妙に嫌らしい眼付きであたしの困った表情をうかがっている。


「嫌なものは嫌なのよ!」


「まあ、まあ」


「あっ?」


 お互いに手を緩めなかったのがいけなかったのだ。


 遂に包装紙と箱が破れて、中からカップに入ったあたしのチョコが、勢い良く教室内に飛び出して宙を舞った。


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