第11話 トラベル☆トラブル?
「香代、忘れ物は無い?」
「うん、大丈夫だよ」
初めての修学旅行。
初日は船で瀬戸内海を渡り、広島の大和ミュージアムに平和祈念公園から山口の秋芳洞に行って宿泊。二日目には下関の海響館。そしてあたし達のお目当てである福岡のスペースワールド。
全行程は一泊二日で短いけれど、あたし達にとっては五年生の時の少年自然の家に次ぐ、お泊りのワクワク一大イベントだった。
旅行へ行く六年生はいつもよりも早い集合時間になっていて、今日は集団登校じゃない。
あたしはこの旅行の為にお母さんから買って貰ったパステルピンクの大きいリュックを背負って、履き慣れているスニーカーに足を通し、玄関で見送ってくれるお母さんとお父さんを振り返った。
「まだ六時だよ? 今からだと少し早くないかね?」
新聞紙を片手に持ったお父さんが、玄関脇の下駄箱の上に置いている置時計を見てそう言った。
「ん、でも班の子達と正門で待ち合わせするようにしているから」
「お隣の慶くんと一緒じゃないの? なんならお母さんが車を出して慶くんと一緒に正門まで送ってあげましょうか?」
「いやだ。止してよ。小さい子じゃないのに」
幾ら夜が明けるのが早いからと言っても、午前六時の外出は人気が無いし寂しいからと、お母さんは心配する。
「大丈夫よ。ちゃんと防犯グッズ持っているもん。じゃあ、行って来るね?」
あたしはリュックの横にぶら下げている、キーホルダー型の卵型防犯ブザーを見せてそう言い、お母さんの心配を余所にさっさと家を出てしまった。
立川の弄りも無くなったし、あたしは楽しい学校生活を再び送れるようになった。
あの後、やっぱり気になってお母さんに話したら、お母さんは笑っていてぜんぜんあたしの事を取り合おうともせず、心配する様子でもなかった。
『あんたがもう少し大きくなったら、その子の気持ちが少しは判るかもしれないね? まあ、遣り方が少しばかり乱暴だけど……男の子だから……ねぇ』だなんて。
乙女の顔に雑巾を投げ付けられたのに、お母さんはどうして立川の肩を持ったりするんだろ?
あんなヤツは女子の敵よ、敵! こっちから無視してやるんだから!
* *
修学旅行の出だし午前中は順調で、あたしにとっては見るもの聞くもの総てが新鮮で興味深かった。
さすがに午後からの広島の平和記念公園は別で、物凄く怖かった。
『核』があんなに凄い威力のもので、戦争がどれだけ怖くて悲しいものかを思い知らされて、なんだか怖くて堪らない。お陰で今日はせっかくの旅行なのに、怖くて眠れそうにないし、眠ったら眠ったで怖い夢にうなされそうな気がして、あたしは余計に怖くなってしまった。
そして、もうひとつ不安な事があたしに降り掛かりそうで、気になって眠れそうにない。
もうひとつの不安は……あたしの体調の事。
平和記念公園から秋芳洞近くのホテルにバスで移動している間に、あたしは少し気分が悪くなって、窓際の姫香と席を代わって貰っていた。
なんだか身体がだるくなって来ているみたいな気がするし、喉がやけに乾く。それに……何だかお腹の下の方が痛いような気も……する。
もしかしたらとお月様を疑ってみたけれど、先月まで順調にきっかり月末の二十五日で来ていたから、今月はまだまだ先だと思って安心していた。だから、準備なんてして来なかったのに……
「いたた……」
「香代ぉ~、大丈夫?」
心配した姫香達が不安そうにあたしの様子を代わる代わる見に来てくれる。彼女達が凄く心配してくれているのは判るし、嬉しいのだけれど、こう卒中見に来られると『平気だよー』と言う元気も忍耐も無くなって、挫けてしまいそうだわ。
そう思っていたら、バスの斜め前に座っていた慶と偶然視線が合ってしまった。
「おい、おまいも心配なのか?」
隣に座っていた門田くんが、にやにやしながら慶を冷やかすけれど……慶はあたしの方をじっと見詰めて表情一つ崩さずに、門田くんの冷やかしにさえ全く応じなかった。無表情……といまではいかないけれど、なにかを言いたそうな……心配そうな表情を浮かべているように思えた。
慶もあたしの事を気にしてくれているのかな? それとも、今朝の集合の時に、慶を誘わずにさっさと行っちゃったから、もしかすると怒っているのかしら?
途中休憩で立ち寄ったドライブインのお手洗いで、あたしの心配は現実になってしまった。
もう……なんて最悪なの?
あたしはこそっと姫香達にSOSを打診して、みんなから好意の『寄付』を貰ったけれど、持って来ている子だってみんな自分の為に持って来ている。それでなくても荷物がぎゅうぎゅうで一杯なのに、他の子の予備なんか持って来る余裕なんか無いだろうし、あたしだってそんなことはしないわ。
でも、貰った『用品』の数は、お泊りの初日で逆算しても足りそうに無い。
今まで恥ずかしくて、お母さんに買いに行って貰っていた『用品』。修学旅行だから、常に何処からか男子の眼もあるし、あたしが買いに行くだなんてとても恥ずかしくて行けないわ。
まさか、こんな日に来ちゃうだなんて、困っちゃうよー。
……どうしよう?
その日、あたしはとても旅行を楽しめた状態じゃ無かった。
真剣に困っていたあたしは、宿泊ホテルでみんなが委員長の宮田くん達の部屋に遊びに来るよう呼ばれた時に、何故か慶から指名されて、慶達の部屋にそっと来るように呼び出されてしまったの。