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第103話 運命の女神様…12


 辺りはすっかり闇に閉ざされてしまい、あたし達は益々病院へ向かうべき道を見失ってしまった。殆どの家に明かりが点って、人の気配がしている。


 もうこうなったら勇気を出して知らない人の家を訪ね、病院への道を聞く以外に方法は無いと思った。慶もあたしと同感らしい。


「じゃあ、行くよ」


「うん」


 慶の呼び掛けに頷いて、あたしは一番近くにある一戸建てのお宅の前に立った。


「……駄目だ」


「? どうしたの?」


「やっぱ、香代が遣って……」


「な、なに言っているのよ?」


 急に怖気づいたのか、それともあたしが傍に付いていたからなのかも知れなかったけれど、慶は気弱に言葉を濁した。慶は昔から大の人見知り。知らない人の中に入って行くのがとても苦手だったけど、こうしていざと言う時には、今でも逃げ腰になっちゃうのね。だけど、この期に及んで何遣っているのよ?


 すぐ横に並んで立っている慶が、急に『あの頃の慶』に戻ってしまった気がした。


 昔の様に慶から甘えられた気がして、あたしの心は少しだけくすぐったくなって……そして懐かしいと感じてしまったのだけれど……



――あたしはもう慶のお守役は止めたのだし、慶だって『弱虫くん』を卒業したのじゃなかったの? しっかりなさいよ。



「甘えるんじゃないの。ほら、さっさと行く!」


「う、うん……」


 あたしは心を鬼にして、強い口調で慶の背中を後押しした。


「……うん。そうだね」


 慶も自分がこれじゃあいけないと判ってくれたみたい。大きな深呼吸を一つすると、口元に力を込めて両手をぐっと握り締め、自分に気合を入れる。



――そうそう。頑張れ。



 一瞬だけ見せた、懐かしかった頃の慶。あの時の思い出が、何故か急に走馬灯みたいにあたしの頭の中を駆けて行った。嬉しさと、少しだけ自分が取り残されてしまったような寂しさが相俟って、複雑な心境だわ。



「ごめんください」


 意を決して、慶はそのお宅のインターフォンを押すと、少しの間をおいて、女の人からの返事があった。


=「どなたですか?」


「あっ、あのう……ふ、藤沢中学二年の秋庭と言います。だ、大学病院へ行く道を教えてくれませんか?」


 慶はあたしから勇気を貰おうとしているのか、喋りながらちらちらとあたしの顔を見て、あたしも慶の縋りたい様な視線に応えてあげるけれども、緊張の余り、慶は何度も噛んでしまった。


=「あきにわ……もしかして『アキバケイ』さん?」


「ハッ、ハイ!」


=「ちょっと待ってね」


 女の人はそう言って、一旦インターフォンを切った。


「ねえ、知ってる人じゃ……ないわよね?」


「え? う……うん」


「なんで慶の事を『アキバケイ』って呼んだの?」


「さあ……」


 その呼び方に思わず慶が反応すると、あたしと慶はお互いの顔を見合わせ、首を傾げて不思議がる。


 見知らぬ土地の知らない人から突然あだ名で呼ばれれば、誰だって不思議に思って怪しむわ。


「お待たせ」


 重そうな玄関のドアが開き、中から四、五歳くらいの男の子と手を繋いで、若いお母さんが現れた。お母さんの後ろには、小学三、四年生くらいの男の子がお母さんの影に隠れるようにして恥ずかしそうにこちらを窺っている。


「はっ、初めまして。ぼ、僕は藤沢中学二年の秋庭です」


「同じく二年の土橋です」


 あたし達は並んで姿勢を正すと、大きくお辞儀をする。


 必要以上に緊張したらしく、慶はまたもや噛んでしまった。


「アキバケイ?」


「うん」


 手を引かれていた男の子が、もみじみたいな小さな手で慶の事を指差した。


 どうしてあたし達の事を知ったのか不思議に思っていたら、後ろに隠れている男の子と一緒にお母さんがインターネットで学校交流サイトの書き込みを見付けたのだそうだ。


『友達のアキバケイが、平井から重信へ行く途中で道に迷っているから、助けてください』


 書き込みにはそう書かれていて、書き込まれた時間もついさっきだったから、もしかしたらこの近所で迷う人が多いから、この辺りで迷っているかも知れないねと子供さん達に話していた所だったのだそう。


 書き込みは、もちろん姫香に違いないわ。


 あたしは姫香に感謝した。そして、明日はきっと彼女から弄られてしまうかもと思って、少し恥ずかしくなった。



 大学病院への道を丁寧に教えて貰った慶とあたしは、ネットで知り合った親子にお礼を言った。


「ねえ、お兄ちゃん『ケイ』って名前?」


 すっかり警戒が解けた小学生の男の子が、慶に向かって問い掛ける。


「うん。そうだよ」


「僕もね『恵』って言うんだ。同じだね」


「そっかー。良い名前でしょ? 将来はカッコ良いイケメンになれるぞー」


 調子に乗った慶が恵くんの頭を撫でると、恵くんは照れ笑いをしていた。


「調子、良過ぎ」


「……」


 あたしの突っ込みに、慶が固まって動かなくなる。


 自覚してくれればそれで良いのだけれど……ね。


「暗くなってしまったけど、気を付けてね」


「はい。お世話になりました」


「書き込み主さんに、貴方達が無事に此処を通過しましたと伝えておくわ」


「ありがとうございます」


 別に事前に打ち合わせをした訳じゃないのに、あたしと慶は声を合わせてお礼を言った。


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