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第102話 運命の女神様…11

 薄暗くなってしまった道の箇所々に取り付けられている外灯が点り始めると、辺りは一気に暗くなる。


「ねえ、慶……ここ何処?」


 慶の後を追いながら、あたしは見覚えのある住宅道路を走っている事に気が付いた。


 あの電柱の隣にある掲示板に貼っている英語教室のポスターがあるけれども、確かさっきも見た様な気がするわ。


 もしかして、迷子になっちゃった?


「……」


「ねえ、この道さっき通らなかった?」


 返事をしない慶を訝り、あたしはさっきよりももっと大きな声で話掛けると、慶は急にブレーキを掛けて道端で自転車を停める。


「……しよう」


「え? なに?」


「どうしよう……香代、道が……方向が判らなくなった」


 大学病院へ行く国道には、途中小さな丘くらいの山を背にした住宅街があり、道はその住宅街を迂回するように大きくカーブを描いている。恐らく、慶は走行距離を短縮しようとして、住宅街を直線に突き切って行こうと思ったらしい。


 けれども、山際を流れている小さな川に行く手を遮られてしまい、短縮したはずの距離は思っていたよりも短縮出来てはいなかった。


 薄暗い街灯の下で、今にも泣き出しそうな辛そうな表情を浮かべている慶を見て、あたしでも何とかこの窮地を切り抜けられないだろうかと、あれこれ思考を巡らせる。


 とにかく、自分達の位置さえ判れば、そこから大学病院がどの方向か判れば、後は簡単に行けると思ったあたしは、家を出る時に慌てて持って来たバッグの中を掻き回して、携帯を取り出した。


「慶、諦めるのはまだよ」


「香代……そうか! GPS!」


「……ゴメン。それは遣えないんだ」


『GPS』機能があるらしいのは知っているけれども、携帯を買って貰ったのはつい先月の事で、あたしはまだその機能を実際に使った事が無かった。しかも、バッテリーの残量がもう殆ど残っていない。残り僅かなバッテリーで有効に携帯を使おうと思うけれども、先を急がなければならない事情があるにも拘らず、刻一刻と暗くなって行く辺りの情景に焦ってしまい、冷静に考えられる余裕なんて無かった。


――誰かに助けて欲しい……


 そう思った途端、あたしの頭の中には姫香の顔が浮かんだ。


 このバッテリー容量で、会話出来る時間が十分あるかどうか判らないけれども、このまま何もしないで迷っているだけなら、出来る限りの事を遣っておいた方が良いと思った。


「姫香?」


=「あれ? 香代。どうしたの? 気分、少しは良くなった?」


 姫香には、気分が優れないから今日の部活はお休みにするとしか伝えていなかったのだったわ。


 あたしはこれから彼女にお願いしようとする頼み事が、もの凄く厚かましい事のように思えて、軽く息を飲んだ。


「う、うん。あのね……」


=「そう。良かったぁ~、ねえ、亜紀の事知っているでしょ?」


「うん」


 何て言って切り出せば良いのかしらと迷う間も無く、姫香は矢継ぎ早に会話を続けようとする。


 ああ……バッテリーがもういつ切れてもおかしくない状態なのに……


=「明日、部員のみんなと、亜紀の所へお見舞いに行かない?」


「う……うん。そうだね……」


=「? どしたの? 何か悪い事言った?」


 余裕が無くなって会話に集中出来なくなっているあたしを、姫香はおかしいと気付いてくれたみたい。今なら、相談に乗ってくれると思った。


「そうじゃないの。あのね、実は……」


=「実は?」


「み、道に迷っちゃって、ここが何処なのか判らなくなっちゃったの」


=「なんで?」


「ゴメン。詳しくは明日ちゃんと話すから。お願いっ! 助けて」


=「道に迷っちゃったって……この時間に? 香代独りで?」


「え? あ、う……ううん。け……慶と一緒」


=「はああ? 一体どういう事?」


「だからゴメンって。訳は必ず話すから、ここがどの辺りかを教えて」


=「教えてって言われたって……」


「重信にある大学病院へ向かっていたの。途中の平井辺りから国道を外れて直線コースを取ろうと思ったんだけど、道に迷っちゃって……」


=「ちょっと……待って。今、パソコン立ち上げるから」


「ん。急いでね」


=「『急げ』と言われても、パソコンの立ち上がりが遅くってさ……」


『病院』と聞いて、姫香はただ事ではないと気付いてくれたみたい。


 明日、ここで慶と一緒の理由を話さなければならなくなっちゃったけれど……電話した時点で疑われているから、仕方ないわよね。


=「ほい出た。え~っと、平井のどの辺りから曲がったの?」


「えーっと、確か交差点の角に大きな薬局があって……」


=「ん、あった! この角を左に折れたのね。で? そこから真っ直ぐ行くと三差路で行き止まりになるから……これを右に曲がったのかな?」


「確か……そう。で、小さな橋を渡った気がするんだけど」


 あたしは一度しか通らなかった道の様子を必死になって思い出し、姫香に検索して貰う。


=「橋? 橋って……うーん、もっと真っ直ぐ行けば大きな橋があるけど、これじゃないよね?」


「え……どうだったかな……とにかく、今居るのは道が大きく左に曲がっていて、その道の片側沿いに、道幅くらいの川が流れているの。で、さっきからこの辺りをぐるぐる回って迷ってるんだ」


=「ちょっと待って……そこ、もしかして、なんか迷路みたいに入り組んだ場所じゃない?」


「うん。多分そう」


=「……」


「えっ? なに? 姫香?」


 まさかのお約束みたいに、携帯のバッテリーが肝心な事を聞き出す前に、無情に切れてしまった。


 せっかく此処から抜け出せると思ったのに……


「どうしたの?」


 急に黙り込んでしまったあたしを心配したのか、慶がそっと話掛けて来た。


「切れちゃった……」


「切られたのか?」


「ううん」


 あたしは慶の答えに首を横に振る。


 姫香はそんな酷い事はしないわ。


「電源が?」


「うん」


 慶の声も、暗く沈んでいるように聞こえた。


 こんな時に、どうしてこうなっちゃうの? 遣れるだけの事は遣ったけれど、もう方法が無くなっちゃった……


 あたしは眼の前が真っ暗になった気がした。


「慶、ごめん。あたし……あたしが付いて来たりしたから、こんな所で迷っちゃって……」


 やっぱり、付いて来たりするのじゃなかったわと後悔した。


 慶が独りだったら距離の短縮なんか考えなかったと思うし、慶の自転車だけなら、今頃はもう病院へ辿り着いていてもおかしくは無いと思った。だけど、今更な言い訳だろうけれど、慶を独りで行かせるのは本当に心配で仕方無かったんだもの。


 あたしはバッテリーの切れた携帯を片手に途方に暮れて立ち尽くす。


 自分達で出来る事はもう何一つ残されてはいない。後は見知らぬ人か警察の人に道を尋ねるしか方法は無いのだわと思った。


「香代が謝る事、無いよ。道に迷った僕が悪いんだから」


 そう優しく言ってくれたけれど、その優しさが今のあたしには堪らなく嬉しくて……そして辛いと感じてしまった。


重信しげのぶ、平井 : 地名です。

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