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第10話 弄(いじ)り

「おりゃー!」


「面~!」


 掃除当番の日、同じ班になった立川と鈴原が教室を掃くほうきでチャンバラを始めた。あたしはバケツに水を汲み、机を拭く準備をしている最中だった。


「こらー! 遊ばないでよ!」


 班員である委員長の福田さんが、机を移動させながら大声を張り上げると、立川と鈴原はブツブツ文句を言いながらも振り上げていた箒を下した。


「ったく! さっさと遣らなくっちゃ帰れないでしょう!」


「へーへ、委員長には逆らえねーな。何せ先公にチクるからよー」


「言い掛かりだわ! 叱られても仕方が無いような事をするからよ」


 福田さんの指摘に、立川達は舌打ちをして鼻息を荒くしたものの、それでも自分達が悪かったと反省したのか急におとなしくなった。


 あたしはその間、関わり合いたく無い一心で彼等に背を向けて、せっせとクラスの机を拭いていた。


 いつもあたしの護衛を引き受けていてくれた姫香は、歯医者さんに行くために先に帰っちゃっているし、亜紀もピアノのコンクールが近いから、帰宅せずに直接レッスン教室に向かってしまい、運悪く残っているのはあたしだけ。



「お、土橋! これ頼むわ」


「え?」


 何の前触れもなく声を掛けられて、あたしは素直に振り返ってしまった。


 瞬間、眼の前が真っ暗になり、じめじめと濡れたものがあたしの顔面に直撃する。


「いよっしゃぁあー!」


「ナイスコントロール!」


 あたしの顔を襲った『それ』が、ばさりと足元に落ち、男子二人の歓声が上がった。傍で福田さんの息を飲んで硬直している。


「……な……?」


 あたしの足元には、使い古された真っ黒くてきたならしい雑巾が転がっていた。


 まさかとは思うけれど、さっき顔に直撃したのは、もしかしなくても……この雑巾?


 自分の眼を疑いたくなるような状況に、ぞっと悪寒がはしった。


 どうして? 


 立川はどうしてあたしを眼のかたきに……するの?


 夢なら早く醒めて欲しい……あたしは何度も何度もそう願ったけれど、これは紛れもない、そして信じたくない現実だった。


「……もう……嫌だ……」


 あたしが立川に何をしたって言うの? 先に突っ掛かって来たのは立川の方じゃない。あたしは絡まれたく無かったから、ずっと逃げて無視していただけなのに……


 立川は乱暴だとは聞いていたけれど、クラスで直接被害に遭っているのはどうやらあたしだけみたい。品行方正の言葉からは全くかけ離れた立川だけど、どうしてあたしばかりがこんな眼に……


「ど、土橋さん……だ、大丈夫?」


「う……うん……」


 福田さんが心配して声を掛けてくれたけれど……空元気で平気そうに返事をしてしまったけれど……こんなの……こんなの、大丈夫なんかじゃ……無い。


「あ~あ、泣いちゃった。よー立川、お前のせいだぞ」


 一緒になってふざけていた鈴原も、あたしの涙に驚いててのひらを返すように立川をとがめる。


「はぁあ? なんで俺? つか、俺はちゃんと声掛けて投げたんだぜ? 顔で器用にキャッチしたのは土橋じゃん」


「いや、けどよぉ」


「受け取り損ねたやつの責任まで俺のせいか?」


 鈴原が『あんまりじゃないか』と言ったけれど、立川は少しも悪びれた様子は無かった。それよりも、あたしの反応の鈍さを指摘して、もっとからかおうとしている様子がうかがえる。


 あんなやつの前でなんか、泣いたりなんかするもんか! ……あんなやつなんか……!


 そう思っていたのに、悔しくて、悔しくて……



「そこで何をしている!」


「うわ、やべ。山本じゃん」


 気配を察して、隣のクラスの学年主任があたし達のクラスに遣って来た。


「先生! 立川くんが……」


「またお前か? 立川ぁ!」


 福田さんの報告で、山本先生が立川をきつく叱っている声がするけれど、あたしはそれどころじゃ無かった。止め処なく熱い涙が溢れ出て、雫となってぱたぱたと床に零れ落ちる。


 どうして立川はあたしに酷い事をするの? どうしてあたしじゃないと……いけないの?


 頭の中で、いつもあたしを助けてかばってくれる姫香や亜紀の顔が浮かんだ。そして、どうしてだか自分でも判らなかったのだけれど、慶の顔が浮かんだ。


 小さかった頃はあたしがよく見守ってあげていた慶なのに、その慶に心の中で無意識とは言え、このあたしが助けを求めてしまっただなんて……どうかしているわ。




「ほら、立川!」


 先生に促され、立川があたしの方を見た気配がする。


「……ごめんなさい……」


「土橋、立川も反省しているようだから、許してやってくれないか?」


 消え入りそうな声で、立川はあたしに謝った。でも、その言葉には心が籠っておらず、先生から強制されて仕方なく言ったのだと……誰もがそう思える様な言い方だった。


 それでも先生は立川を許して遣れと言っている。


「……はい」


 あたしは仕方なくうなずいた。


 立川がクラスに居る以上、こんな嫌がらせがずっと続くのかな? もうこのクラス嫌だ。立川の居るクラスなんて居たくないよ!




 ところがその日を境に、立川はあたしをいじって来なくなった……と言うか、立川の方があたしに対して完全無視をきめ付けている。


 まるで狐に化かされたような気になってしまったけれど、あたしにとっては眼障りで鬱陶しかった立川が自分から離れてくれたのは、歓迎すべき事だ。


 不思議に思ったけれど、これ以上立川の事を気にしていたら、今度は間違いなく本腰をいれていじめられそうな雰囲気だったから、気にしないでおこうと思った。


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