エルツ
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――あれからどれくらい時間が経った? あのガキもそろそろ帰ったところだろ。
俺は、そう思っていた。だが、その時、何か得体の知れないものが自身の後ろのほうにいるように感じた。
「なんだ……。この辺に、こんな魔力を持ったやつはいなかったはず。だが、この魔力量はまずいぞ」
俺は作業台の置いてあった魔剣を手に取る。
魔剣を見ると大きめの魔石がはめ込まれており、彼はその只ならぬ魔力の感じるほうへと向かった。
玄関の扉を開けると。
「!?」
扉の前にいたのは、今朝、話し掛けてきたガキだった。全身からただならぬ魔力量を感じ、身が震えた。
「何時間も放置していたのに、帰らなかったのか……。いや、そんな話しは後だ!」
俺は、今にも爆発しそうなガキに大声で話しかける。
「おい! ガキ。今すぐ、それをやめろ! そうじゃないと、お前の体がはじけ飛ぶぞ!」
ガキからの返事は無い。だが、魔力が溜まり過ぎている状態のまま放っておくわけにもいかず、俺は右手に持っている魔剣に視線を送る。
「チッ! 仕方ない」
俺は、右手に持っていた魔剣をガキの手の平に刺した。
そうすると、ガキの中に溜まっていた魔力は魔剣に嵌め込まれている魔石に吸収された。
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「痛い……」
――なんだ……。頭がガンガンする。今まで頭痛が起こることはよくあったがその時に近しい痛みをずっと食らっている感じだ。
「目がやっと覚めたか、ガキ」
視界の先にいたのは、さっき少し話した男だった。
ぼさぼさで白髪交じりの黒髪、手入れされておらず伸びきった髭、太い腕には血管が浮かび凄く男らしい。
服装は一枚の長そでシャツを腕までめくり、ボロボロのオーバーオールを履いている。
「ここはいったい……。僕はどうして……。えっと何があったんですか?」
「お前は、制御無くして魔力を吸収し続けた。その結果、自身の限界量寸前まで魔力を溜めちまったのさ。あのまま行ってたら……、お前は爆発しちまってただろうな」
男から話しを聞いた瞬間、僕は体から血の気が引くのを感じた。
「爆発……そんな。ただ僕は、何も考えないようにしていただけなのに」
――知らなかった。まさか、そこまで魔力が溜まってたなんて。
その時
「いたたたた! 頭が……頭がああぁぁ割れ」
――何だこれ、いつもの頭痛の比じゃないんだが。
「そりゃあ、あんな量の魔力を一気に溜めちまったんだ。言うなれば、まだ酒が飲めないのに、酒樽の酒を一気に飲むようなもんだ」
男はよくわからない例えを言う。
「そ、そうなんですか……」
「普通は、少しずつ慣らしていくんだよ。初めてであれだけ溜められたら大したもんだ」
「あ、ありがとうございます……」
――ありがとうございます? いや違う、肝心なことを忘れていた。ここに来たのは仕事をさせてもらうためだ。何とかエルツさんに会って、仕事をさせてもらわないと。
「すみません。僕は冒険者ギルドの依頼を受けに来た、ヘイへと言います。エルツさんはいませんか?」
「あ……? お前、まだ気づかねえのか? エルツは俺だよ、どう見たって俺はドワーフだろうが。まさか、あの依頼を受ける人間がまだいたとはな」
エルツさんは椅子にドカッと座り、足を組んで話し出した。
「へ? あ、あなたが……エルツさんだったんですね」
――僕を助けてくれたのが依頼主のエルツさんだったとは。そう言われれば、ドワーフっぽい顔してる。
「あの依頼を出して一年。何人か来たがお前にもやったように、外で長い時間待たせ続けたら。大抵の奴は、扉を叩き大声で話しかけてきた。その時点で俺が言っていることを無視している。何もしないまま帰るやつもいたな」
「そうなんですね」
――そりゃ、長い時間待たされたら、普通の人なら帰っちゃうよね。僕だって、やばい状況じゃなかったら、きっとほかの依頼や仕事に行っていただろう。でも、僕はこの場所しかないと思ったからエルツさんのいう事を守れたのだと思う。
「お前ここで働きたいと言ったな」
「はい! 僕をここで働かせてください」
「明日の早朝にもう一度来い、仕事内容を教えてやる」
「え……。仕事内容を教えてくれると言うことは僕はここで働かせてもらえと言うことですね!」
僕はうれしさのあまり、体を一気に持ち上げる。
「お前、今そんなに動くと……」
「いたたたた、頭が、頭が割れる!!!!」
僕は金づちで頭を殴られているような激痛を受け、ベッドに倒れ込む。
「いわんこっちゃない……。帰れるなら帰れ、帰れないならそこで寝てろ」
「あ、ありがとうございます……。でも僕は一度帰ります。妹を心配させたくないので……」
「そうかい、それじゃ早く帰りな」
僕は、足元がおぼつかず、千鳥足になりながらも歯を食いしばって歩いている。
帰る途中に何度、意識を失いそうになったか……。「メイに心配を掛けたくないから家に帰る」という目的がなければ、きっと僕は意識を失って倒れ込んでいただろう。
道端で転び、僕は草むらに倒れ込む。草むらで拾った木の棒を杖代わりにして立ち上がるとまた歩き出す。
――今の状態で魔物に襲われたら、命の保証は無い。なんなら確実に食べられて終わるとわかる。頼む、今だけはスライムですら出てきてほしくない。
僕は辺りをできるだけ威嚇しながら歩き、動物も寄せ付けないようにする。
最後の力を振り絞り、僕はメイが待つ家に命からがらたどり着くことが出来た。
家につき、震える手で玄関のドアを叩く……。すぐに部屋服の姿をしたメイが扉を開けてくれた。だが、見るからに怒っている。頬を膨らませ、今にも爆発しそうだ。
「こんな時間までどこに行ってたの! しかもそんなボロボロになって!」
メイは膨らませていた頬を戻し、母のような形相で叱ってきた。
母にますます似てくる妹に時間の流れを感じる。
「そんなボロボロになるような仕事……。しかも、こんな遅くに帰ってくる仕事はしないでよ!」
今度はメイの顔に戻り、目頭を熱くし悲しそうな顔をした。
――今までずっと寂しかったのか。それとも、僕のことを心配してくれたのか。どっちかわからないけど、メイに悲しい思いをさせていること事態は同じことだ。これからは気を付けないと。
「今日は……ごめん、でもこれからはもっと一緒にいられる時間が増えると思うから」
「ほんと!」
メイは泣きそうな顔から一気に微笑み、晴れた顔になる。その顔を見ると、今日頑張ってよかったなって思えるような気がした。
「うん、ほんとだよ……」
メイは泣きそうになりながら、いつもの言葉をかけてくれた。
僕はこの言葉を聞くために毎日頑張っているといっても過言ではない。
「おかえりなさい!」
――何て良い響きなんだろう、この歳にしてちょっと結婚してみたくなってしまう。
お帰りなさいの対の言葉を僕は満面の笑みで返す。
「ただいま!」
その後はいつも通り、夕食を食べて、体をふき、少しメイと話しながら、かつて四人で寝ていた薄い敷布団で二人寄せ合って眠った。
僕の体とメイの体も少し大きくなったが、それでも布団はまだまだ大きいままだ。
その夜、僕は変な夢を見た。
あまり思い出すことができないが、人なのか見わけがつかないような生き物が目の前に立っている夢。
夢は夢、すぐに忘れてしまった。
僕は、鳥が鳴くよりも早く目が覚め、早朝から仕事内容を教えてもらうために、エルツさんの鍛冶屋に向かう準備をした。
「お兄ちゃん……、もう行くの?」
眠そうな目をこすりながら、メイが起きてきた。
「もう少し寝ててもいいよ、今日はちょっと早くいかなきゃいけないんだ」
「そうなんだ、行ってらっしゃい……」
メイはいつも通りの言葉をかけてくれた。
――出発の「行ってらっしゃい」帰りの「おかえりなさい」この二種類の言葉を聞くだけで、僕は頑張れてしまう。父さんもこんな感じだったのかな。
ふとそんなことを思いながら、初仕事に向かった。
昨日魔力を溜めすぎたせいで、頭痛がまだ少しするけどあの時ほどではない。