Sランク冒険者:カインズ4
「進め!進むのだ!!」
王は今敵陣のど真ん中にいる。
――押しておる、確実に我が軍が押しておるのだ…。だが、何故押し切れない。さもおびき寄せられているように…。しかし!ここで弾くわけにもいかぬ。押し切るしか道は無いのだ!
「ブロード様、敵兵がどんどんと進行してきます!」
「既に天候操作魔法は解除されてしまっています!」
「左翼側何者かによって巨大な爆発が発生、数百を超える兵士が負傷した模様!」
「メルザード様がSランク冒険者と思わしき人物と戦闘、逃亡されたとのことです!」
魔族軍本部では絶え間なく様々な情報が流れ込んできている。
――人族軍はやはり…もう引く気はないのか…。ならば…
「軍をさらに後方へ下げろ!敵は3部隊に分かれている、中心の部隊だけをこちらへと引き寄せるのだ!」
「は!」
――人族の王よ、自ら先陣を切って戦うその姿、敵ながらにして尊敬の念を覚える…しかし!そう易々と勝利を渡すわけにはいかんのだ。
「私も戦場へ出る!出発の準備を整えろ!」
「は!」
――ザハード様、私は必ずやご期待に応えて見せます!何が何でもこの戦争に勝利を…わが魔族国に栄光を…。
ブロードは魔馬へ即座に乗り、颯爽と戦場へ向かった。
☆☆☆
「…う…うん。あ!ヤバ、寝すぎた…」
カインズは未だにドームの中で身を隠し睡眠をとっていた。
「うわ…眩し、誰かが魔法を解除したのか…これでだいぶ動きやすくなったな…」
既に『天候操作魔法』は解除されており、空には青い空間が広がっていた。
「さてと…そろそろ魔力も回復したし、次の作戦に移りますかね…、…ん?」
――何だあれは…、人なのか…。
そこに居たのは後方に待機し、人族軍の救助を行っていた獣人族のアランとミーナだった。
――なんでこんな所に…獣人族がいるんだ…。しかもあの風貌…どこかで見たことがあるぞ。
獣人の姿を見たカインズは昔の事を思い出してしまった。
僕は片田舎で生まれた…父さんと母さん、貧乏だったけど凄く優しい両親だった。
だけど、ある日…。
その村に野盗が現れた…金目の物…女、子供を根こそぎ奪い取り、男の大人は全員殺された…。
逃げ延びた人もいたかもしれないが、僕の知っている男性は皆…僕達村人の目前で殺されていった。
僕の、父さんも…。
野盗が面白がって、女、子供の目の前でそれぞれの父親を見せながら殺した…。
爺さんと婆さんは容赦なく皆殺し…。
当時の僕にとって…目前の光景はまさに地獄そのものだった。
これ以上の地獄があるなら見せてほしい…、その光景は…僕にとって地獄と感じないだろうから。
父親を殺されて泣き叫ぶ子供…子供だった僕がいえることは、そこが…その空間は、紛れもなく異界だった…それだけだ。
殺された父親から離れようとしない女と子供は容赦なく野盗の汚い剣先の錆となった…。
一瞬では死なない…殺さないようにしていたのかもしれないが…そんな事、僕が知る由もない。
泣き叫んでいた女の背中を一突きすると泣き叫ばなくなった。
そして、再度別の個所を突き刺すと…動かなくなった。
女に駆け寄る子供を蹴飛ばし、踏みつけた…何度も何度も何度も…。
その子供が動かなくなるまで蹴り続け…泣き叫んでいたその声は、次第に嗚咽音に変わって行き、さらには声すら出なくなる。
聞こえるのは野盗の少女を蹴りつける、打撃音と。かすかに聞こえる呼吸音の2つ…。
腹を重点的に蹴られ…内臓が破裂したのか一度だけ破裂音が聞こえ、少女は口と鼻から鮮血を垂れ流した…。
瞳からは一筋の涙が流れていたが…段々と血に染まっていく…。
かすかに聞こえていた呼吸音すら…、次第に聞こえなくなった。
それを見た村人たちは黙り込み、抵抗するものは居なくなった…。
残った村人は両手を縛られ、どこかに運ばれた…運ばれた場所がどこかは分からない。
ただ…そこには多くの子供と女たちがパンパンに詰め込まれた牢屋…不衛生極まりないその空間に僕も入れられた。
臭いなんて当たり前…一瞬与えられる水が濁っているのも当たり前…かけられた液体は、どう考えても水ではなかった…。
異臭なんてものではない…、嗅いだこともない臭いに鼻が曲がる…。
清潔な飲み水も…食べ物も与えてもらえず…どんどんと弱っていく体、当然牢屋の中で餓死している者もいる。
死体の臭いは今までとは比べ物にならない…、嘔吐感が沸き上がってくるにも拘らず、吐けるものが無い。
胃の中が空っぽすぎて胃酸が口から流れ出し、毎回喉が焼けるような痛みに沿われた…。
この時僕は母さんと違う牢屋になってしまった…。
僕は父さんから貰ったペンダントを握りしめていたのだが…父さんの事よりも母さんのことを思いながらずっと過ごしていた。
しかし…僕も限界に近かった。
視界が揺らぎ…指を曲げたりすることも難しくなってしまったのだ。
そんなある日…。
牢屋が開いたのだ…。
7日に一度…餓死した者を牢屋から引きずり出す、何者かが牢屋を開けたのだ。
何者かは、この時間、全く他の人を気にしない。
それこそ、誰かがこの牢屋を逃げ出しても気付かないだろう。
だが…ここで多くの者は逃げようとしない…。
なぜならば、そのような気力など既に…残されていないからだ。
だが、…僕は違った。
「母さん…」
ただ、母さんの事を考え、母さんが生きていると信じているだけで僕の原動力となった。
僕は開いた扉から牢屋を出た…。
今思えばなんてガバガバな作りだったのだろうかと思う。
僕のいた牢屋以外にも数多くの牢屋が作られていた。
そこには僕と同じような子供もたくさんいた。
ただ…僕の方を見つめているその眼に光りなどは無く、すでに心が死んでいる。
この中から母さんを見つけ出すなんて不可能だと思った…。
でも、逃げ出しているのは僕だけじゃなかったのだ。
壁に手を付きながら、フラフラと歩いていると…何処からか足音が聞こえてきた。
地面を強く蹴り、足音の速度から考えるとその人は走っていた…。
僕が逃げ出したのがばれたのかと思い、何とか隠れようとするも、隠れる場所など無ければ、既に足すら動かない。
等々僕は足音に追いつかれ、体を抱きかかえられた。
叫び出しそうな口を手で押え付けられ、目線だけをその人にやると…母さんだった。
服はすでにボロボロ、肌も髪も何もかもが、以前の母さんじゃなくなっていたにも関わらず、僕の目の前には…眼に確かな光を残し…死んでいない母さんがそこに居たのだ。
夢かと思った。
「カインズ…貴方は逃げなさい…」
「母さん!何言ってるんだよ!そんなことできるわけないだろ…」
僕が何とか母さんの手をこじ開け発した言葉を、母さんは再度、僕の口を手で閉ざした。
「いい…カインズ一度しか言わないからちゃんと話を聞いて」
母さんは僕に目線を合わせて、恐怖に震える唇を噛み締めてから言った。
「カインズ…貴方はここから逃げるのよ…そうじゃないと確実に殺されるわ。貴方は逃げられる…神様は貴方を寵愛しているのよ…だから心配しないで。私は貴方をいつもそ場で見守っているわ…」
訳が分からない…、僕の何処が神に愛されているのだと…僕は言いたかった。
だが…母さんは僕に話させてはくれなかった。
「母さん…僕…」
『ドドドドドド!!』
…大きな足音が洞窟内に響く…。
「もうこんな所まで…さぁ、カインズこのまま進めば外に出られるはずよ…」
「母さん…!」
「早く行きなさい!」
何時も母さんに逆らっていた僕は…、この時だけ、母さんに逆らう事をしなかった。いや…逆らえなかった。
「グ……」
溢れそうな涙を何もできない悔しさで何とか押しこらえながら、僕は何処かも分からぬ場所でただ走った…。
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