屋台のおっちゃん
僕は依頼書を見て、鍛冶屋を探しながら歩いてきたが、ニア―タウンの中心部から大分離れてきた。
大きな建物が無くなり、仕事を失った人や、小さな子供、お年寄りなどが暗い表情をしながらこちらを眺めてくる。どうやらこのあたりに住んでいるらしい。
大きな建物が立ち並ぶ中心部からは想像もできないような状態だった。
――こんなところに鍛冶屋があるのか?
そんなことを思いながら歩いていると、顔見知りがいることに気が付いた。
「ほら、このおにぎりを食べな」
そこにいた服装が少々派手なおじさんは、やせ細った子供や老人におにぎりを手渡していたのだ。
「ありがとう」
子供は満面の笑みでおにぎりを受け取り、頭を下げる。
「ありがとうございます」
老人は涙ぐみながらおにぎりを受け取り、頭を下げる。
「良いって良いって。どうせ売れ残っちまった商品なんだ。ゴミ箱に捨てちまうのは神様に失礼だろ」
「おっちゃん!」
僕は顔見知りに合い、緊張の糸が少々解けた。そのため、話しかけることにした。
「おう! ヘイへじゃないか、どうしたこんなところで?」
おじさんは振り向き、肌艶の良い顏を見せる。
「おっちゃんこそ、どうしてこんなところにいるの?」
「いや、食材がちょうど切れちまってな。一回故郷に帰って、食料の調達に行ってくる。あ、そうだ! もしよかったら、このコメがなる苗を育ててみてくれないか?」
おじさんは荷車から緑色の細い雑草のようなものを取り出し、僕に見せてきた。
「コメのなる苗? この、緑の草にコメができるの?」
「ああ、そうだ。水を一杯張った畑に、この苗を植える。虫の始末をしながら、約半年待てばコメが実る。どうだ、地元以外でもコメが作れるのか試したいんだが」
「僕、おにぎりが大好きだからやりたいのはやまやまなんだけど……、家に妹しかいないから、人手がどうしても足りないと思うんだ」
――これ以上、メイに苦労を掛けたくない。
「そうか、それは残念だ。でも、コメを好きになってくれてうれしいぜ」
おじさんは微笑み、嫌な顔一つしない。
「もちろんだよ! おっちゃんの、おにぎりが無かったら、きっと僕はここまで働いてこれなかったと思う。だから戻ってきて。また、おにぎりを食べさせてよ」
「もちろん戻ってくるさ、常連さん二人を置いていくなんて東人の名が廃るぜ」
「僕以外にもおにぎりを買っていた人がいたの?」
「ああ、あそこの店のドワーフなんだけどよ、確か名前がエルツだったかな」
おじさんは指先をボロボロの建物に向けた。
「そうなの?! 今、その者の場所にちょうど行こうとしてたんだよ」
「そうかい。まあ、相手はドワーフだけど、おにぎりが好きなやつに悪い奴はいねーよ。だから安心しな!」
「ありがとう、帰宅の途中気を付けて」
「おう、そういえば俺の名前言ってなかったな。俺の名前は『ソン・マサシ』ていうんだこれからは、ソンで良いぜ」
僕はこの時、初めておっちゃんの名前を聞いた。
「え、おっちゃんは、どっかのえらい人なの?」
この世界で名字を持っている人は、ごく少数で、貴族や位の高い職業などに属していないと名字はつかない。
その為、僕はこの時生まれて初めて名字を持った人に出会ったのだ。
「まあ、気にするなって。それじゃあ、俺はもう行くわ。俺が教えたこと、出来るようになるまで頑張ってみな」
「わかった、気を付けて」
ソンさんが行った後、僕は教えてもらった店の前に立った。
その場所は、とても鍛冶屋と呼んで良いのかというほどボロボロの家だった。
「ここがエルツさんの鍛冶屋……。金貨を払えるような方が住んでいるとはとても思えないけれど」
この時僕はなぜか、冒険者ギルドに初めて入った時よりも緊張していた。
理由は単純明快。
ここで働けなかったら、今までの辛い生活を繰り返さなけらばならないと考えていたからだ。
――どんなドワーフなんだろ、ちゃんと仕事できるのか。もし働かせてもらえなかったら。いや、そんなこと考えるな。今できるのは相手に自分の気持ちをしっかりと伝えるだけ。
そう心に言い聞かせ、僕は扉を三回叩いた。
すると中から、今までに聞いたことが無いほど低い声が響く
「誰だ……」
そう口にし、ある男は扉を小さく空けた。
「冒険者ギルドから依頼を受けに来ました、ヘイヘと言います。エルツさんの依頼を行うために話をさせてください」
「そうか。わかった。だが、静かにそこに待ってろ」
「わ、わかりました」
何か準備することでもあるのかと思っていたが、そうではなかった。
「いったいどれだけ待たせるんだ……」
あの男に『待っていろ』と言われてから、もうだいぶ日が傾いている。
――まさか、このまま出てこないんじゃないだろうな。
そう思い、僕は扉を叩こうとした。
だが……。
「ちょっとまてよ。そういえば、あの時『静かにそこで待ってろ』とそう言っていた……。もうちょっと待つか」
僕は思いとどまる。
――そうだ。冷静になれ。ソンさんが言ってたじゃないか「おにぎりが好きな人に悪い人はいない」と。そっちがその気なら働かせてもらえるまで、待ってやる。一日でも二日でも、メイに心配をかけるけど何としてもここで働かせてもらうんだ。
僕は扉の前に座り込み、胡坐をかいた。そして目を瞑る。
僕は一応、今でも剣の素振りを続けている。剣はそれなりに触れるようになったが、本当にそれなりにしか剣を振ることができない。そこで現状を打開する策として考えたのだが、魔法だった。
魔法とは、体の中にあるマナと呼ばれる器官から魔力を生み出し、魔力を他の物に具現化した現象だとソンさんに教えてもらった。
――今思えば、魔法の知識を持っている時点で、何かすごい人なのではないかと思っていたけど、まさか名字持ちの人だったなんて。
魔法を使う方法は色々あるが、最も効率がいい方法として、自然に滞留している魔力と己の魔力を使い、具現化することなのだそう。
――こんな僕に魔法の知識を教えてくれたソンさんは良い人すぎなのでは。普通、学園に入らないと魔法の知識は教えてもらえないはず……。なんで、ソンさんは僕に教えてくれたんだろうか。
の魔法を使う第一歩が今やっている、座禅というものらしい。
地面に座り、大地と一体化し、自然の魔力を己に吸収する練習らしいけど。
「全くわからない、本当にこれであってるのかな?」と思うほど、全く何も起こらなかった。
『座禅のコツとして俺が言えることは、何も考えないことだ。周りの魔力を吸収しようとするのではなく、自然と一体化すると言う認識が大事だぞ』
――そうだ、ソンさんも言っていたじゃないか、何も考えるなって。
息を吸う事だけに意識を向けていく。