Sランク冒険者:カインズ・2
――はぁ…いつ攻めるべきかな。
カインズはこの時、攻め時を窺っていた。
――何か…ほころびがあれば、小さなほころびさえあれば…そこを突く。
しかし、いくら待っても…攻め時を見つけることが出来ずにいる。
――このまま行くと、1番戦っている先発部隊への損傷が激しくなる。王もそこに居るんだ、僕が何とかしないと。
カインズは考える。黒い眼鏡を掛け直し、グローブを嵌めた右手を顎まで持って行く…。
――何か、方法が無いか…いい方法が…一気にこちらが有利になる一手が欲しい…。
そう考えていた時。
天候がいきなり変わったのだ、強風、豪雨、雷が凄い勢いで発生しだしたのだ。
「な…!何だ!――いきなり…く!…立ってられない…!」
カインズは靴裏に魔力を溜め、強く踏ん張り、何とか地面へ倒れ込む。
――これは、人族軍の魔法じゃない…。こんな気候変動を起こせるのはジャスだけだ…、ジャスがこんな時に使う訳がない…。それじゃあ…これは魔族軍の魔法ってことか。――これじゃあ、鳥人族は飛べない…。しかも、この強風、僕でも立ってるかどうか…。でも、魔族軍だって状況は同じはず。今のうちに前進しなければ。
カインズは靴裏に魔力を強め、吹き飛ばされないよう地面と密着させる。
精密な魔力コントロールが必要だが、カインズは魔力操作が得意だった。
着ていたローブが強風の影響を受ける為、脱ぎ捨てると、動きやすいようにベルトをさらに強く締めズボンの隙間から風が入り込まないようにする。
「よし、これなら動ける…」
カインズは精密な魔力コントロールを行いながら、歩き出す。
そして次第に足の回転速度が上がっていき、普通に走れるようになっていく。
いぜんとして強風、豪雨は吹き荒れる中、カインズは森を走る。
木々は揺れ、今にも巨木が根元から根こそぎ、上空へ吹き飛ばされるのではないかと錯覚さえする。
魔族は全体に魔力の膜を張り、何とか耐えているが、先ほどの様な縦横無尽に走り回ったりする、行動は難しいようだ。
カインズは魔法の袋から魔石を取り出し、強風の影響を考えながら魔族兵付近に投げ込む。
「バイバイ、もう会わないだろうから、さようなら」
魔族兵に手を振りながらカインズは走り去っていく
その顔に余裕はない。
「な!待てきさま!」
そう言ったのもつかぬ間、魔族兵は弾け飛ぶ。
カインズは走っている間、10数個の魔石を使い、魔族兵もろとも爆発させていった。
自身が守っていた位置よりもだいぶ攻め込み、先発部隊より前に移動することに成功した。
――よし!ここから、こっち側を罠で移動させにくくすれば…。
カインズは付近の木々に魔石の入る程度の穴をあけ、魔石を入れ込む。
数10本の木に魔石を入れ終わり、カインズの魔力で合図信号を送れば爆発するような状態にする。
「よし!魔石のセット完了。後は少し後ろで待機……!!」
カインズは視線を感じ、出来るだけ身を低くする。
地面と顔がキスしてしまいそうな程、身を低くし視線の正体を探る。
――なんだ!いったい何処から…。
カインズの感じた視線は間違っていなかった。
カインズの右耳を焼けるような痛みが襲う。
「痛っ!」
地面には矢が刺さっていた。
――矢…こんな天候で、嘘だろ…。
「あ…外したか…生け捕りに…しようと思って、加減しすぎたかな」
カインズを狙っていたのは、リチアの羽を撃ち抜き戦闘不能にさせた魔族兵だった。
数10m離れている場所からカインズを狙い、矢を放ったが、命中することは無かった。
「こんなところで立ち止まってたら、良い的になる…移動しないと」
――僕が見えないとこらから矢を放った…つまり、50m付近またはそれ以上の距離から僕を狙った…嘘だろふざけんなよ。こんなに視界の悪い状況であそこまでの制度…天候がこれじゃなければ僕は今頃、頭に矢が刺さってただろうな。
「早いな…この状況下で…的確な判断…そうか、奴が…Sランク冒険者。……面白い…面白い?」
――まだ追ってきてるのか…どうだろう、分からない。
カインズは今、自身に横風が吹くように走っている。
少しでも矢の軌道をずらすためだ。
――魔石のむだ打ちは避けたい。ただでさえ、ストックが少ないんだ。これからを考えると、全然足りない。
カインズは魔法の袋に手を入れ、魔石を3つ取り出す。
「これだけで、倒す…奴を野放しにはしておけない。必ずこの先人族の脅威となる…そんな気がする」
カインズはその場に立ち止まり、意識を集中させる。
強風が木々を揺らす騒音、雷の雷鳴音…、篠突く雨の地面を打ち付ける水しぶき…すべてがカインズの集中によってかき消される。
――魔石の罠を設置したのは100か所程度。今、全てを爆発させれば、矢を放ったやつの居場所を特定できる可能性が高い。もしかしたらその爆発で吹き飛んでくれる可能性もある。だが、そうなると、万が一、魔族軍が撤退する際、堰き止めることが出来なくなる。――最後の手段だな…これは。いや…最後の手段はまだ残ってるか。
「止まった…この状況で。何を…考えている…。罠か…何か、仕掛けているのか…良いだろう、乗ってやる。俺を…楽しませてくれ」
魔族兵は静かに矢を放った。
鋭く、そして綺麗な一本の軌跡を描く、木々の隙間を通り、まるで強風や豪雨など全く起って無いかのように。
カインズの左頬を掠め地面に突き刺さる。
――く!まだ追ってきてたか…。それに…ここまで正確に打ち込んでくるなんて…やばいぞ、このまま行くと、確実に僕が誰に狙われているのかすら、分からずに殺される。でも…打ってきた方向は分かった。距離は分からないが…。
カインズは1つ目の魔石を矢の放たれた方向に投げ込む。
強風に煽られ、狙っていた位置とは大分ずれてしまったがさほど問題は無い。
一発目はけん制として使う。
敵に、自分が反撃する可能性があると知らせるのだ。
「どこに攻撃している…そんなところに俺はいないぞ…。だが…この俺が…2回も外すとは…」
――後魔石は2個…これで倒せなければ僕は…全力で逃げる!!
カインズはその性格上、冷静な判断を下し、逃げるときには最速で逃げることのできる冒険者なのだ。
冒険者の世界では、様々な無理難題なクエストや討伐モンスターなどがSランク冒険者のもとへ回ってくる。
しかし、Sランク冒険者だからと言って、無敵なわけではない、彼らも列記とした生き物なのだ。
冒険者と言う者たちは大抵の場合、逃げることを嫌う。
理由は単純にカッコ悪いからだ。
逃げる事よりも、正面からぶつかり突破すると言った逆境を乗り越える冒険者象をいつまでも持ちづ付けているのか、逃げなければならないタイミングで、逃げることが出来ていたなら、難なく逃げられたというのに、タイミングを逃す冒険者が大勢おり大半が命を落としてしまうのだ。
カインズはこの判断がやたらに早い、その為、彼はSランク冒険者へと昇格した…。
いや、カインズは別になろうと思ってSランク冒険者になったわけではない。
ギルドが勝手にSランク冒険者に仕立て上げたのだ。
ギルドの決定がおかしいわけではない、ただ…カインズ自身が自分に自信が無いのだ。
どんな時でも、彼は自分のことを弱いと言う。
周りからしてみればSランク冒険者になったというのになんて気の小さい奴だと思う輩が大勢いるが…彼とパーティーを汲んだことのある冒険者たちは皆、彼に感謝してるのだ。
新人冒険者の研修中
「カインズさん!ありがとうございました。カインズさんがいなかったら、私たちすぐ死んでいたと思います。カインズさんが逃げようと言ってくれたから、…私たちは今ここに居て、生き残ることが出来ました」
中級冒険者との共同依頼
「カインズ!あんときはサンキューな、俺…自分の実力過信してたわ…。お前がいなかったら俺は今頃、ブラックスネークの胃の中だぜ!」
カインズはどんなに称賛の声や感謝の声を言われても、大抵同じ言葉を返す。
「いえ…僕は弱いですから…。あなた達が頑張っただけですよ」
この言葉はカインズにとって、冒険者を始めたころから変わらない戒めだった。
自分の力を過信しないために…。
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