父の偉大さ
父が死んだとダルさんに言われ、数日が経った。
戦争に行っていた大人の男が村に返ってきて、ちょっとしたお祭りのようになっていたが、家では、そのような空気になることはなかった。
でも、父が死んだからと言って悲しんでばかりでもいられない、ただ生活しているだけでも腹は減るし、お金は無くなる。
僕たちは仕事をしなければならないのだが、母は父の死を聞いた日から、干からびた魚のような状態になってしまった
「母さん、僕、畑仕事に行ってくるよ」
「………」
母からの返事は帰ってこない。
「メイ、行くよ」
僕はメイの手を持ち、家を出る。
「うん……」
メイは母の方を見ながら、寂しそうにつぶやいた。
☆☆☆☆
「ふっ」
僕は土を鍬で力強く耕す。
鍬を持ち上げ、振り下げる。これの繰り返し。何度も何度も何度も、同じことの繰り返し。
「お兄ちゃん……、もう疲れたよー」
メイは畑に座り込み、呟いた。
今まで四人で行ってきたことをたった二人の力で行わなければならない。なんなら子供の力だ、大人二人分すら賄えていない。
「このままじゃ、冬が越せないし、ましてや生活していくのも難しいぞ……」
なぜだろう、自分はまだ九歳だというのに親に張り付いていたいような年ごろだというのに、なぜこんなにも冷静でいられるのだろうか。
この感覚は昔に一度体験したことがあるような感覚に似ている。でも、あまり気にしていても時間の無駄だ。今は、どうでもいいこと考えている場合じゃない。
――あと少しでお金と食料が尽きる。
いつもなら、野菜を収穫し市場に売りに行っている時期なのに、今の収穫量では全て食費に消えてしまう。
僕は「このままじゃだめだ」とふと思った。
メイが限界そうだったため、畑仕事は昼過ぎに打ち切ることにした。
家に帰り、森に行く準備をしているとメイが話しかけてきた。
「お兄ちゃんどこ行くの?」
「ちょっと森に行ってくるよ」
「森に何しに行くの?」
「ホーンラビットでも捕まえてくる」
「ほんと、ホーンラビットのお肉私、大好き!」
僕は父さんの私物である武器の中から、父さんが使っていた武器と同じ剣をなんとなく手に取った。
「ヘイへ……、どこにいくの?」
母は布団から起き上がり、骨ばった手で僕の肩を掴む。
「チールの森に行ってくるよ」
「あなたまでいなくなってしまったら私は」
母は目の下にクマを浮かべ、綺麗な黒い瞳を潤ませる。食事をろくに取っていないため、痩せ細っていた。
僕は母に少しでも良い物を食べさせたいと思ったのだ。
「大丈夫だよ、チールの森なら凶暴な動物はいないから」
そう言い残し、僕はチールの森に出かけた。
チールの森までの道中、僕は身長の丈に合わない大人用の剣を持ち、歩いていた。
「どうしたんだろう?」
道中で人々が中心を避けながら足はやに歩いている。
「ほらさっさと歩け!」
そう言いながら、男は子供を蹴りつける。
「痛い!」
その子は獣族だった。
僕が住んでいるこの村にも各国から売られてきた奴隷が働いている。その中で最もよく見かけるのが獣族である。
獣族は人族よりも力が強く、忠誠心が高いため、奴隷にはもってこいなのだそうだ。非力な子供の内から捕まえ無理やり言うことを聞かせると言った非人道的な者も存在する。
その子はボロボロな服、それに泥まみれ、きっと食事もろくに与えられていないのだろう。体はやせ細り、今にも死んでしまいそうだった。
「ちっ! こんなごみ買うんじゃなかった! おい、誰かこのごみ、銅貨一枚と交換してくれねえか?ただでもいいぞ!」と男は言ったが、だれも男のほうを見ようとしない。
その時、僕はその子と目が合ってしまった。
「助けて…」
その子は僕に向かってそういっている気がした。
でも僕は他人を助けている場合ではなかった、即座にその子から目線を放し、何も見なかったふりをする。
その場から早く立ち去りたかった、僕はおもむろに走りだす。この光景を見た獣族の子は何を思ったのだろうか。
この世界には多くの奴隷がいる、あのような子供はこの世界に腐るほどいる。あの子だけ特別というわけではない。
僕は心を殺し、チールの森に向った。
少し歩き、とうとうチールの森についた。
さっきのことが心の奥にあるが、今は自分たちの心配をしようと気持ちを押し殺す。
「この辺に、いると思ったんだけどな……」
このチールの森は、小動物が多く、危険な動物や魔物はいないと父が言っていた。
「父さんは、簡単にやってたけど、うまくいくのか?」
僕は獣道に罠を張りながら、森の中を歩いていく。
日が傾き始めたころ目的のものを見つけた。
「いた、ホーンラビットだ……」
ホーンラビットはウサギよりも大きく、魔物に分類される生き物だ。
チールの森は危険な魔物はいないと言っても、魔物は魔物であるため、他の生き物よりは危険である。
頭から吐出している角が最も危険で、当たり所が悪ければ最悪死ぬ可能性もある。
他の魔物に比べれば簡単に倒すことができ、角や毛皮を売ったり、肉を食べたりと、倒すことができれば良いことしかないと父が話してた。
今の自分たちの状況を変えるにはうってつけだと考えていた。
「やっと見つけた……。逃がしはしないぞ」
森についてからだいぶ日が傾いたが、やっと見つけることができた。
――見つけるだけではだめだ、倒さなくては。
僕はホーンラビットに気づかれないように、風向きを考慮しながら近づき、背後についた。
距離にして五メートル。
父の剣を鞘から抜き、柄を両手で持つ。大人ならば片手でも持てる重さだが、この時の僕は両手で持つのが精いっぱいだった。
「ふっ」
僕は息を止めて剣をホーンラビットの真上から振りかざす。だが僕の攻撃は惜しくも外れ、ホーンラビットは驚いて逃げてしまった。
「剣が重すぎたか。いまのを逃がしたのはつらいな……。今日はもう日が暮れる。明日また狩りにこよう」
僕は罠を仕掛けた道を戻り、何かが罠に掛かっていないか調べながら戻ったが何の収穫も得られなかった。
今まで来た道を戻っていた。
「昼頃のあの子は大丈夫だろうか」
そう思っていたころ、ちょうど昼頃あの子を見かけた道を通っていたが、その子の姿はなかった。
「ただいま……」
自分の不甲斐なさを痛感しながら重い扉を開ける。
「お帰り!」
玄関にはメイが楽しみそうに待っていた。
「ホーンラビット取れた?」
楽しみにしていたのだろう、メイは満面の笑みで聞いてきた。
「ごめん、捕まえることができなかった……」
「そっか……」
メイは残念そうに俯きながら戻って行った。
「ヘイへ、お帰りなさい。無事に帰って来てくれてありがとう。さあ、夕食にしましょ……」
母は、僕がちゃんと返ってきたため、安心したらしい。やつれている頬を少し持ち上げ、微笑んでいた。
「今日もこれだけなの?」とメイが言うが確かに数か月前に比べると食事の量が少なくなっている。
パンと野菜スープのみという質素な料理だが、今の収入では贅沢を言ってられない。
「いただきます。えっと、母さん……。今日も食べないの?」
僕は料理に手を付け、母に聞いた。
「大丈夫よ。お母さんはお腹がいっぱいだから」と母は言うが、そんなわけない。
母はこの三日間、水しか口にしていない。このままでは本当に危険だと子供ながらに感じていた。
父がいたなら、母にこんな顔をさせなかったのだろう。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
もし少しでも、面白い、続きが読みたいと思って頂けましたら、差支えなければブックマークや高評価、いいねを頂ければ幸いです。
毎日更新できるように頑張っていきます。
よろしければ、他の作品も読んでいただけると嬉しいです。
これからもどうぞよろしくお願いします。