ラーシュ君
ニアータウンから王都まで僕の足で、三〇日以上はかかってしまう。でも僕が死ななければ、メイは殺されはしないはずだ。
ニアータウンが襲われている事実は逃げ出した兵士がもう王都へと報告に行っているはず。
――僕がここで時間を稼げば、王都で魔族を向い打つ準備を行うことが十分できるはずだ。
だから僕は、できるだけ怪しまれないように時間を稼ぎ、死なずに手紙を王に渡す。こういう時こそ慌てず騒がず、冷静に判断していかないと。
「あの……、もう、手を放してもらってもいいですよ……」
青と白が混ざったような髪色のラーシュ君が隣から小さな声で話しかけてきた。声が少し震えているのでやはり人間がまだ怖いと思われる。
「いや、できるだけ離さない。君に何かあったら僕の責任だからね」
「多少の傷なら何ともないですよ……」
「多少の傷ってどんな傷なんだ?」
「それは……、骨が折れるとかですかね」
ラーシュ君は釘をかしげながら僕の予想外の言葉を吐いた。
「それは多少な傷じゃなくて大怪我っていうんだよ」
「でも……。ぼくがつかまっていた時、人間に蹴られたり、殴られたりして……すごく手が痛くなったとき『獣族の癖に骨が折れたくらいで痛がってんじゃねえ!』って言われたよ」
「そんな人間のことは忘れるんだ。確かにこの国の中には多種族を嫌っている人がいるかもしれない。でも、人間が全員そういう人じゃないっていう事を知ってほしい」
「そうなのかもしれないけど……。でもやっぱり、ぼくは人間が怖い……」
ラーシュ君の手は、つないだ時からずっと震えていた。きっと相当ひどい目に合ったんだろう。僕よりだいぶ小さいのでメイと同い年くらいだろうか……。
「僕のこと怖い?」
「悪い人じゃないっていうのはわかるけど……、人間だから怖い……」
そりゃあ、ちょっと話したくらいで相手のことなんてなにもわからないのが当然だ。相手に知ってもらうためには僕もラーシュ君に付いてもっとたくさん知らないと行けない。
「今は怖くても仕方がないよ、少しずつ仲良くなっていこう」
僕は握っている手を少し強めに握りしめた。すると、ラーシュ君の体がびくっと跳ね、一瞬警戒されたがラーシュ君は僕の瞳を見て敵意はないとわかったのか逆立っていた毛をなだらかにした。
「う、うん……」
ニアータウンを離れてからどれくらい歩いただろうか。日がだいぶ傾いてきた。視界が悪くなる前に野宿しやすい場所で立ち止まる。
「今日は、ここらへんで野宿をしよう。僕は薪と食べ物を探してくるから、ラーシュ君はここで待っていて」
ラーシュ君を一人にするのは気が引けるけど、手を繋いだままだと薪を集め辛いので仕方がない。
僕はラーシュ君とつないでいる手を放そうとしたが、
「あの、ぼくも手伝います……」
ラーシュ君から手伝うと言ってくるのは予想できなかった。僕や人間に恐怖している子が手を離したがらず、自分の気持ちをはっきりと喋ったのだ。それだけでラーシュ君の心が強いとわかる。
「いや、でも……」
「手伝わせてください! ぼくは鼻が利くので獲物を見つけやすくなります。なんなら危険な相手も音や臭いでわかるので……ぼくも、手伝わせてください」
ラーシュ君は捨てられる前の犬のような弱々しい瞳で僕を見てきた。加えて小さな手で僕の手を力強く握りしめてくる。ラーシュ君の能力がどれだけ使ええるかわからないが、手伝いたいと言っている者を無理やり座らせておくのももったいない。
「そこまで言うなら、一緒に行こう」
日が傾き、ほぼ暗闇になってしまった。
僕は近くで見つけた薪に油分が多い木の皮を巻き付ける。こうすれば火をつけやすくなり長い間燃える。
魔剣を使い、木の皮に火を点け、明かりを確保するための松明を作った。
「人間さん、魔法が使えるんですか!」
「い、いや~魔法が使えるというか、使わせてもらっているというか。これくらいの魔法ならだれでも使えると思うんだけど」
「獣人族は魔法が得意じゃないんです。ぼく、魔法を初めて見ました! すごいですっ!」
「そ、そうなんだ。そんなに褒められるとちょっとうれしいな……」
僕はラーシュ君と右手で手を繋ぎ、左手で松明を持って炎の明りで暗闇を照らす。
「すみません、松明の煙のせいで臭いがわからなくなりました……」
「そうか……。それじゃ、薪と木の実だけでも見つけよう」
「お役に立てなくてごめんなさい」
ラーシュ君は耳と尻尾を垂れ下げる。殴られたり蹴られたりするんじゃないかと怯えている瞳が僕の方をチラチラと見ており、握っている手が硬くなっていく。本当に申し訳ないと思っているのだろう。
「いや、気にしないで。もっと明るいときに準備してなかった僕が悪いんだ。また明日、明るくなったら、力を貸してくれる?」
「は、はい! 頑張ります!」
ラーシュ君は目を丸くし、軽く驚いていた。でも、声をあげてくれたので僕に対して少しは恐怖を抱かなくなったのかもしれない。
僕は薪を見つけ、ラーシュ君は木の実を見つける。
お互いに役割を分担しながら、結構な量を集めた。
さっき見つけた野宿できそうな空間まで戻る。その途中でラーシュ君と少し話すことが出来た。
「よし、これだけ集めれば、今日の夜くらいは凌げそうだな」
「木の実もぼくが知っている実があってよかったです」
ラーシュ君はぼろ雑巾のような上着の裾を持ち、野イチゴのような実を沢山乗せて持っていた。
「ほんとラーシュ君のおかげだよ。よくこの実のことを知ってたね」
「昔よく取りに行っていたんです。ぼくが人に捕まる前は……」
ラーシュ君は下を向き、尻尾と耳が垂れさがる。ラーシュ君が落ち込むと僕も胸が苦しくなった。なぜかわからない。もしかするとラーシュ君に同情しているのかもしれない。
「ご、ごめん、嫌なことを思い出させちゃったね」
「いえ……気にしないでください。昔は変えられないけど、解放された今は頑張って生きていこうって思えるから……」
まだ小さいのにそんなこと思ってるなんて……なんて偉い子なんだ。僕はラーシュ君の生きざまを見て僕よりも断然強い子なんだと知る。きっとひたむきに頑張るところがラーシュ君の長所だろう。
「ラーシュ君は凄いね……」
僕達は先ほど見つけた場所に戻って来て猛獣に襲われないように焚火を作る準備をした。
「よし、薪を並べて魔剣をかざすと……」
僕は運んできた薪を空気が入りやすいように重ねながら並べた。その後、魔剣に付いている魔石から小さな火を出し、薪を燃やす。
「よかった、火が点いた。これで魔獣や動物に襲われにくくなるははずだよ」
「その剣、便利ですね」
「ああ、この剣は僕の師匠が作ってくれた剣なんだ。僕が溜め過ぎた魔力を吸い出して魔石に溜めてくれるんだよ」
「な、なんかよくわからないけど、すごい剣じゃないですか!」
「ほんと……、そうなんだよね。でも僕はまだうまく使いこなせていない。そういえば、僕たちまだちゃんと自己紹介してなかったよね。僕の名前はヘイへ、家族は妹が一人。一応、冒険者ということになってる。Fランクだけど」
「え、ええっと、ぼくの名前はラーシュです。家族は……たぶんもういません」
僕は少し気まずいことをまた聞いてしまった。
「ご、ごめん」
「いえ、両親ともに生きているほうが珍しいと思うので、これくらい普通ですよ。きっと……普通ですよ」
ラーシュ君は焚火を見つめながら、膝を抱え込んで背中を丸める。焚火の明りが反射している瞳が先ほどよりも潤っていた。両親が大好きだったのだろう。
「でも、まだ亡くなっているって確認したわけじゃないんだよね?」
「それは……、そうですけど。でも、きっともう……」
「あきらめちゃだめだよ! 少しでも生き残っている可能性があるなら探すべきだ!」
「ヘイヘさん……。そ、そうですよね。まだ生きてるかもしれないですもんね」
ラーシュ君は膝を抱えながら少し微笑んでいた。先ほどよりは前向きな気持ちになってくれただろうか。
僕達は野イチゴを食し、お腹を満たす。水分が豊富で喉の渇きも潤わせることができた。
「夜はやっぱり冷えるね。ラーシュ君は寒くない?」
「ちょっと寒いかもです……」
「それじゃ、薪をもう少し入れて火を強くするよ。僕が見張りと火の番をするからラーシュ君は寝ていてもいいよ」
「でも……」
「良いから、良いから。僕にできるのはこれくらいしかないんだ」
「それじゃあ……」
ラーシュ君は立ち上がり、少しずつ近寄ってくる。僕の前まで来ると僕が座っている脚の間に潜り込んできた。
「ど、どうしたのラーシュ君」
「こっちの方が温かいと思ったので……」
「そう……。ラーシュ君がいいなら別にいいんだけど」
僕の脚の間に座るラーシュ君は、焚火の炎で温められる。ラーシュ君の温度が僕にまで伝わり凄く温かい。
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