動き出した歯車
そして、あっという間に一年が過ぎた。
一年間、僕は武器を作り続けた。
身長も少しは伸びた。体格は男らしくなっただろうか……。自分ではよくわからない。
「よし、これで全ての武器を作り終えたな」
「大変でしたね」
武器の納品最終日ギリギリで作り終えることができた。どの武器も質を下げず、僕達の全力を注いでいる。
「ヘイへ、お前の報酬だ。まだ依頼主から払われていないが、先に俺からお前に払っておく」
エルツさんは小さな袋を手渡してくれた。
「ありがとうございます、でもなんか軽いですね」
今回の報酬も金貨一〇〇枚くらいあるはずなのだが、明らかに軽い。
なので中を覗いてみると、
「真っ暗だ……」
「それは『魔法の袋』だ。ドワーフ、エルフ、などの魔法にたけた種族にしか作れないもので、その袋の中に広い空間が広がっている。取り出したいときは手を突っ込んでほしいものを想像すればその想像した物に手が届くようになっている」
「ありがとうございます。でも、こんな貴重なものを僕がもらってもいいんですか。『魔法の袋』って確かとても高価なもので一つで金貨一〇〇〇〇枚以上する品もあるとか……」
「それは、人が売っているからだ。ドワーフの国やエルフの国に行けばそれほど珍しい品でもない。ただし、人にはバレないようにしろよ。その袋を売れば金貨数百枚はくだらないからな、金欲しさに殺されるなんて人の世界にはよくあることだろ」
エルツさんは右手に金槌を持ち、僕の頭を叩くそぶりを見せ、警告してくる。
「き、気を付けます」
「さてと、気合を入れろ! 今日、最後のお客が来るんだからな」
「はい!」
お客は予定時間より遅れて到着した。遅れた理由は、彼らの姿を見ればすぐに分かった。
「おい、大丈夫か?」
「ああ、心配ない。少し傷を負っただけだ……」
その男は、少女の肩を借り何とか歩いていた。右肩から溢れる血が右腕にまで流れ、真っ赤な液体が地面に血痕を作る。
「アランさん大丈夫ですか!」
――相当出血しているし、顔色も悪い。このままじゃ大変なことになるんじゃ。
「ちょっと待ってろ、今、手当てする!」
エルツさんは工房に戻り、杖を一本取るとアランさんの元に戻り、呪文を唱えた。
「%&$#$#$」
アランさんの周りに光が現れ、右肩の出血していた部分に周りの光が集まる。時間が経つにつれ出血が収まっていき、痛々しかった傷が少しづつ治って行く。
「ひとまず、止血はしたがこれ以上の回復は回復の専門じゃないと難しい」
「いや、十分だ。獣人族の耐久力の高さをなめるなよ、少し安めば回復する」
本当かどうか分からないが、アランさんが言うのだから大丈夫なのだろう。
「ミーナ、アランさんはどうして怪我をしたの?」
僕は気になって訊いてしまった。
「人間にやられた……」
僕は言葉が出なかった。人間というありふれた言葉だというのに口から何と言葉を出せばいいのかわからなくなってしまった。
「私が少し失敗をして人に切られそうになったところを、父様がかばってくれた……」
ミーナは視線を下げ、狼耳をヘたらせている。相当落ち込んでいた。
「そうだったんだ……。でも、アランさんが無事でよかった」
空気が重い。この空間だけ何か違う空気を吸っているように感じる。
「エルツ、残りの武器はどこだ……」
エルツさんは武器の場所を教えると、アランさんはゆっくりと歩いていく。
「分かった。少ししたら直ぐに出る」
「え……。酷い怪我をしてるんですから、ゆっくりしていってください。僕、紅茶でも入れてきますよ」
台所に行こうとしたが、なぜかミーナに睨まれる。
獲物を刈る時のような鋭い眼差しで睨まれたとき、僕は食われる者の気持ちが少しわかったような気がした。
「やめなさい……」
アランさんがミーナの眼の前に手をかざすと、僕の硬直が溶けたと同時に全身の力が抜け、膝から崩れ落ち、座り込んでしまう。
「すまないね、ヘイへ君。ゆっくりしていきたいのはやまやまなのだが、ゆっくりしていられる状況じゃないんだ」
「いったいどんな状況なのですか?」と聞きたいのを喉元でぐっとこらえる。
「そうだったんですか、無関心なことを言ってしまいすみません」
アランさんは微笑み、立ち上がると武器が入った木の箱を持ち上げた。
「それじゃ、もう行くよ」
「ああ、気を付けてな」
「またね………ミーナ」
そう声をかけたが目線も合わせて貰えず、無視されてしまった。
――前よりも良い肉を用意していたのだが仕方がない、そんなことを言える雰囲気じゃないな。後で家に帰って食べよう。
そう思い、持ち物を確認したが肉が綺麗さっぱり無くなっていた。
「いつの間に食べたんだ……?」
アランさんたちが去って行った後、残りの武器をすべて売り終えることが出来た。
他の種族の人たちとは一切会話せず、お金と武器の交換だけで終了した。なぜ武器を買うのか、どう使うのかなどはエルツさんにも喋ることは無く、ただの人形のように感情すら読み取れなかった。
「よし、これで終わりだ。よく頑張ったな、ヘイへ、今日でこの店ともおさらばだ」
等々この日が来てしまった。
「お前が来てからの四年間は楽しかったぞ!」
目頭が熱くなり、溜まった涙が滝の如く溢れないよう鼻をすすり何とか堪える。
「僕の方こそ、色々教えていただき、ありがとうございました。このご恩は一生忘れません」
――顔に力を入れ過ぎて、変な顔になっていないだろうか……。せっかくエルツさんとお別れの会話なんだ。涙を流したら……ダメだろ。
「そんなにかしこまるな。最後の記念だ……」
エルツさんは右手に持っていた、長すぎず、決して短すぎない中くらいの剣を渡してくれた。
「これは?」
鞘の部分にきれいな宝石がついている。魔石自体に色が無く、魔石中で光が反射し光と影の濃淡がはっきりした綺麗な魔石だった。光が入る角度によって様々な色に見える。
「それは俺が作った魔剣だ。お前にあった初日にぶっ刺したものと同じ効果を持っている。お前は魔力を溜めるのが上手いらしいからな。溜めた魔力をその魔剣に吸わせれば魔法の練習が安全にできるだろ」
「エルツさん……」
「その魔剣に溜められた魔力は魔法としても使うことができる。お前の手の大きさや体格を見て作った。まだ成長途中から少し大きめに作っておいたが、魔剣自体がお前の成長に合わせて長さ重さ共に最適な物へと変化していく。例え剣が折れたとしても魔力を込めれば再生し、刃こぼれしても元の切れ味に戻る」
「え……?」
「使いやすい用に、無駄な装飾は付けなかった、職人が見ても普通の魔剣と見分けが付かないだろう。無駄に豪華にすると野盗や盗賊に狙われるからな、お前もこっちの方が好みだろう」
エルツさんは何か……、とんでもない事を言っているのに気付いているのだろうか。
僕が一生働いて得た金貨を積んても、まず手に入れられない国宝級の魔剣を不意に戴いてしまった気がした。しかも、僕好みの質素な魔剣だ。
「こ、こんなすごい魔剣を貰ってもいいんですか? いや……、こんなすごい魔剣を貰うことなんてできませんよ」
――僕はこの魔剣に似合うほどの実力を持っていない。実力が無いのに武器だけ強くても意味がないことを良く知っている。
「実力が無いなら、その魔剣と共に成長していけばいい。この世界で武器は必需品だ。武器が無ければ大切な者も守れない。これからのお前には武器が必要になってくる。俺が気に入った人間が簡単に死なれたら胸糞悪いだろ……」
――確かに……、最近は良くない噂が耳に入ってくることが多いけど……。
「でも、やっぱり受け取れませんよ。こんなにすごい魔剣、僕が使いこなせる気がしません……」
「自信を持て! お前は、鍛冶師エルツ様の扱きに耐えた男だぞ。そんじょそこらの大人よりもよっぽど強い心を持ってる! そんなお前だからこそ……俺の最高傑作を与えても良いと思ったんだ。俺の認めたヘイへという男は、そんな弱音を吐く男じゃないぞ!」
エルツさんは僕の肩を持ち、声を力強くかけてくれた。
「エルツさん……。ありがとうございます! 僕、一生大切にします! 必ず使いこなして見せます!」
「ああ……。頑張れよ」
最後に見たエルツさんの顔は、どこか嬉しさと悲しさの反面に分かれており、その二種類の感情以外にも何かほかの感情が混じっているように見えた。
でも、僕の方こそ凄い顔をしていたと思うので気にすることは無かった。
エルツさんに別れの挨拶をして、外に出た後、一度振り返り、四年間お世話になった鍛冶屋に一礼する。
僕は、ここまで何とか涙をこらえ続けることが出来た。
行き慣れたギルドに向い、見慣れた受付の方に依頼達成書を提出した後、不思議な気持ちのままメイが待つ家に帰った。
帰り道は何時もと同じ……。それなのにどうしてこれほどまで景色が変わって見えるのだろうか。
乾ききった地面に、澄み切った空、青々と茂った草花に囁く鳥たちの声。
どれをとっても今までに感じたことが無い神秘的な存在に思える。
仕事を終えたからだろうか……。それとも、凄い武器をエルツさんから戴いたからだろうか……。なぜだかわからないが、わかる必要もないか。
仕事を辞めてから数日経ち……、エルツさんに戴いた魔剣で魔法と剣術の訓練を再開した。
魔力の訓練をしながらこの魔剣を使っていると、なんとなく用途が分かってきた……気がする。
僕の魔力を使って火を出したり、風を起こしたり水なんかも出せる。
魔剣に溜めた魔力が多いほど威力が増すみたいだ。
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