依頼者(2)
「それじゃあ、一年後また来るよ」
アランさんとミーナは剣が何本も入っている木箱を片手で五箱ずつ持っている。
両手合わせて一〇箱、二人はいつもこれくらい持ってると言いたげに涼しげな顔だ。
――僕は一箱が限界だったのに、いったいどれだけ鍛錬を積み重ねたら二人ほどの力が付くのだろうか。その単純な力が羨ましい。
「ああ、それ以上のものが出来上がるのを期待してるんだな」
大人同士のやり取りを行っている中で僕は「ミーナ、一年後また来て。きっと今の剣より良い物を作って見せるから」と手を差し出した。
ミーナは目を丸くして少し驚きながらアランさんの方を見る。
「ミーナ、それは人族のあいさつだよ」と言葉を付け足してくれたおかげか、その状況をすんなりと受け入れたミーナは僕に言う。
「ホーンラビットの肉ありがとう、うまかった」
手に持っていた木の箱を床におろし、僕の手を握る。
――僕よりも小さな手なのに、木箱を片手で五箱も持てる力があるんだ。きっと思いっきり握られたら僕の手は潰されちゃうんだろうな。
恐怖心に似た、興味が沸き上がる。考えるだけ無駄なので普通の人間として接することにする。
「来年はもっといい肉を用意しておくから、楽しみにしててよ」
すると、ミーナは今まで以上に嬉しそうな顔をした。
僕は、今まで肉と聞いてこんな笑顔を見せる種族を見た覚えが無かった……。
――肉が相当好きなんだな一年後、良い肉を用意しておかないと。安い肉、なんて持ってきたら何されるかわからないぞ。
「ミーナ、行くぞ。時間がない」
「わかった」
すぐさま床に置いてある木の箱を担ぐとアランさんの後をついていく。
「健闘を祈る……」
エルツさんは最後にこの言葉をアランさんに向けて言った。その言葉は、僕に出せない深みがあった。
どうしてかは分からないが、一言なのに一つだけの意味じゃない気がする。
アランさんが僕の方をちらっと見たような気がした。なぜエルツさんの方向じゃないんだろう。
「ああ、心配するな」
アランさんはすました表情で相打ちをうつ。
その表情もまた何か裏があるような気がしてならない。
僕は、こんなにも相手を疑う性格をしていただろうか。それとも今回だけのことなのだろうか。自分でもたまに性格がわからなくなってしまう時があるような……気がする。
その次の日にエルフ族が、また次の日に亜人族が訪れ、何回も殺されそうになったが、エルツさんが誤解を解いてくれた。
獣人族、エルフ族、亜人族の売り上げは今までの二年間よりも多く、メイの学費を払っても余るくらいまで稼ぐことができた。
ほんとに運がいい。これほど運が良くて良いのだろうか。
仕事も楽しい、日々の生活が充実している感覚が確かにある。ただ、なぜか不安が消えることは無かった。
一つの目標を達成すると、また一つ何か不安なことが生まれてくる。
今日もまたその不安を無くすために生きて行かなければならない、これもまた楽しめたらいいのだけれど、僕にそんな余裕はない。
僕はエルツさんといつものように一緒に仕事をしていた。
「ヘイへ、妹の学費はもう貯まったんだろ」
「はい、以前の仕事で貯めることができました」
「なら無理は言わない、今すぐ妹を連れて王都に移るんだ。今のお前なら人の鍛冶師として働いていくことができる、基礎はしっかりしているからな」
エルツさんは突然このようなことを言いだした。
「何を言ってるんですか。僕はまだエルツさんに教わりたいことがいっぱいあるんですよ。それにお金はいくらあっても足りないじゃないですか。妹の学費が貯まったら、次は妹の結婚資金を貯めなければならないので」
――本心だ、お金はいくらあっても困るものじゃない、ただ不安もあった。王都で仕事が見つかるのか、鍛冶師としてやっていけるのか、そのようなことが頭に廻ったのだ。
「そうか……」
エルツさんはそれしか言わなかった。
――どうしてエルツさんは王都に移れって言ったんだろう、まだ半分しか武器をつくれていないのに……。
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