依頼者
「わ、わかりました……」
エルツさんは何か知っている顔をしていたが、その剣幕に押され僕は了解してしまった。
「よし、期間は二年。長いようで短い、この依頼を達成できればお前の目標金額を優に超えることができる。だが、できるだけ早く逃げるんだ。わかったか!」
「わかりました、頑張って作ります」
――エルツさんのあれほど悲しそうな横顔を見たことはなかった。
自分の頬を叩き、仕事にとりかかる。
――少しでもいい武器を作るために、仕事以外の雑念をできるだけ考えないようにする。
武器を作り始めて早一年が経った。
依頼の半分程度が終わっていたが、まだまだ気を抜くことはできない。
今日は半分武器が完成したということで、武器を依頼した者たちが受け取りに来るとエルツさんは言う。
「ヘイへ、できるだけ静かにしてろ。相手はなかなかに面倒くさい奴らだからな」
エルツさんは武器が入った木製の箱を運びながら気を引き締める。
「僕も手伝います」
武器が入った木箱を一箱持ち上げようとしたが……。
「ふっ!? お、重い」
想像以上に重たく、一箱を持ち上げるのがやっとだった。
「無理するなよ、体を壊したらもともこもないからな」
エルツさんは軽々と二箱持ち上げ、移動させていく。
「はー、力が少しはついていると思ったのに……」
――三年間長い距離を通い、仕事をしてきて体力は結構ついたと思っていたが、どうやらまだまだらしい。
「皆それぞれ得意なこと不得意なことがあるんだよ。不得意なことは誰かに任せればいい、得意なことをとことん伸ばすことが大事だと俺は思うがな」
――エルツさんの言うことはもっともだと思うけど……やっぱり力はほしいな。
そう思いながら、軽めの箱を移動させていると。
裏口のほうから戸を叩く音が聞こえた。
「ヘイへはここにいろ、依頼主かどうか確かめてくる。万が一の時に備えて武器は持っておけ」
「は、はい、わかりました」
とりあえず近くにおいてあった、商品の剣を手に取る。
エルツさんは裏口のほうに向かい僕にはわからない言葉で話し始めた。
「&%&$#“!#&」
「&%$%$#”#$」
話し終えたのかエルツさんが戻ってきた。
他にフードをかぶった長身の方が一名、僕とあまり身長の変わらない方が一名、計二名の方と一緒だ。
「どうぞこ……」
お客様の対応を行おうと思い声をかけたその時、耳を劈く音と一緒にいつの間にか首元にナイフが光っている。
何が起きたか全く分からないでいると……。
「待ちなさい!」と長身の方が言葉を放った。
声質からして男性だと思う。
「しかし、こいつ人間。なぜここに人間がいる」
後ろ側からナイフの刃を首元に付けられているが、声質的には女性だと分かった。
だが、そんなことを言える余裕は今の僕には無い。
「ぼ、僕の名前はヘイへといいます。エルツさんの工房で働かせてもらっている者です」といつ刺されるのか恐怖によって唇を震わせながら手を上げ、自己紹介をした。
「エルツ、本当か?」
「ああ、本当だよ。だから放してやってくれ」
エルツさんは相手のことを知っているようだ。
「聞いたかミーナ、その子を放してやりなさい」
長身の方がそう言うと……、
「わかりました」
僕の首元にナイフを突きつけたフードの子はナイフの刃をどけてくれた。
まるで命をわしづかみにされているような感覚……。すぐそこに死があるという気持から解放されて一瞬で現実に引き戻される。
何事もなかったかのように、フードを被ったその子は長身の近くに一瞬で戻る。
「お前たちも、フードかぶったままだと警戒されちまうだろ。挨拶をする時は顔を見せ合わないと相手の感情が読み取れないじゃないか」
「いや、しかしそれは……」
何故か長身の方はフードを取ることを嫌がった。
――どうしてフードを取りたくないんだろう……。
そう思っていたがエルツさんは言葉を付けたした。
「ヘイヘなら大丈夫だ」
――僕なら大丈夫……。いったいどういう意味なのだろうか。
「そうか……、エルツがそう言うのならそうなのだろう。フードを付けたままでは確かに礼儀が悪いな。ほら、ミーナもフードを取りなさい」
「……わかりました」
――なんともあっけなくフードを取るんだな。別にフードに固執していたわけじゃないんだ。
フードを取ると、なぜ一度ためらったのか理由がはっきりした。
二人は、人間ではなかったのだ。
「私は獣人国、ウルフ族長『ウルフ・アラン』といいます。こちらは娘の『ウルフ・ミーナ』です」
――大きな耳、ふわふわのしっぽ、整った顔立ち、引き締まった体。獣人族はやっぱり生きるために必要のないことはとことんそぎ落としてきたと言わんばかりに綺麗な姿をしてるな。
二人の姿は、街中でのんだっくれているオッサンたちに見せてやりたいと思うほど……、いや、僕だって二人のような体になってみたいと思うほどに洗礼されている。
――ただ。
「あの、あまり睨まれるとこちらも喋りにくいんですけど……」
ミーナの方はフードを外してから、ずっと僕の方を警戒し続けている様子だった。琥珀色の鋭い眼光が、僕の体に突き刺さる。
――何だろう、その眼で睨まれると何かとやりにくいな。
「これはすまない。ミーナは、ほかの種族にあったことがないのだ。誰にでも警戒するようにと教えてきたからか、初めて会う同種にでさえいつもこうなんだ。どうか大目に見てもらえるとありがたい」
アランさんは見た目からして、しっかり者という印象がにじみ出ている。
まだあって少ししか経っていないのにも拘らず、そう言う印象を持ってしまうほどの獣人さんだった。
「彼はいい人だよ……」
アランさんはミーナの耳元でそう囁いているような気がした。
そうするとミーナが僕の傍に近づいてきて手を差し出してくる。
――握手?
そう思いミーナの手を握ろうとすると、手をはたかれた。
――?
頭が疑問で一杯になる。
だが、ミーナはもう一度手を差し出してくる。
仕方がなくお昼に食べようと思っていたホーンラビットの肉を差し出した。
「お前、良いやつだな」
満面の笑みで笑い、ミーナの口元から愛らしい八重歯を見せる。
――最初からその笑顔でいてくれたらよかったのに。
「仲良くなれたみたいだな。それじゃあ、この木の箱が、お前たちの依頼していたものだ。まだ半分だけだがあと一年後にもう半分ができる予定だ」
「見させてもらってもいいか」
「ああ」
アランさんは木の箱を開け中に入っていた武器を見ていく。
「やはりいい出来だな」
アランさんが見ているのは今のところ全てエルツさんが作ったものだ。
「これもエルツが作ったのか?」
「いや、それはそこにいるヘイへが作ったものだ」
「なるほど、エルツのと比べるとまだまだだが、しっかりしていて使いやすそうだ。使う相手のことをしっかりと考えているのが分かる。それが鍛冶師にとって一番大切なことだと思うからな、ヘイヘ君はきっと良い鍛冶師になれる」
僕は、アランさんにそう言われたとき、今まで頑張ってきてよかったと心の底から思えた。
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