ゴブリンの追撃
「そこの茂みを突っ切ります。万が一敵がいた場合は私が対処しますから、後衛の対処をお願いします」
「わかりました。前の方はお任せします。僕たちは後ろから追ってくる敵と、側面にいる敵に注意を配ります」
五名で視線を合わせ、意思疎通をはかる。
まだ出会って数日の関係にも拘らず、統率が取れている事実に、種族が違えど本当はわかりあえるのだと、胸の奥がじんわりと熱くなる。
「ギャギャギャッ!」
茂みに突っ込むとすぐそこにゴブリンが二体。ウルさんはすぐに殴り飛ばし茂みに隠れていたゴブリンは鎮圧された。
だが、それは罠だったらしい。
敵にこちらの位置を教え、どのような行動をとるのかしっかりと調べ尽くされるような感覚に陥る。敵はこちらの嫌がるような行動で隙を作ったあと、上手く襲い掛かってくる。
「ギャギャギャッ!」
ウルさんが殴り飛ばしたゴブリンの後ろからさらに違うゴブリンが飛び出し、ウルさんを狙う。
「そら!」
ゴブリンを殴った反動で体勢が崩れながらも身をひねり、回転が加えられたことで威力が増している蹴りが他のゴブリンの額に直撃し、吹き飛んで行った。
ウルさんが前で戦闘している中、僕たちは側面を攻めてくる敵を攻撃していた。
ゴブリンの力はそこまで強くないが、数と連携が組み合わさったらとんでもなく厄介な魔物だ。
ゴブリンは群れで一体の魔物だと考えた方が良い、そうしなければ油断してしまうからだ。ウォーウルフに次ぐほど頭が良く、人の殺し方を知っている。奴らは死を恐れないので、一体から二体は囮役として自ら死に突撃する。
新人冒険者がゴブリンにやられる可能性が高い理由がこの囮役を囮役だと知らないからだ。
教習で習っているはずなのだが、やはり本物の魔物を目にすると恐怖してしまうのだろう。
倒したと思い込むと気が緩んでしまい、そこを他のゴブリンに殺されてしまうのだ。
――僕は倒しきるまで油断しない。
ウルさんは、そのまま止まることなく一直線に走り続ける。
「ウルさん、側面に他のゴブリンが現れました」
「こっちにも現れた。どうする、撃退した方が良い?」
僕とフリジアは側面のゴブリンに気づき、前方を走る、ウルさんに意見を聞く。
「奴らはきっと攻撃してきます。ゴブリンの攻撃をかわしながら、撃退してください。私はこのまま前方を走ります。出来るだけこの陣形が崩れないように意識して行動するように」
「わかりました」
「了解」
先ほどと同じ速度で走りながら、僕たちはゴブリンの出方を窺う。
側面のゴブリンはしだいに近寄って来る。
木を上手く利用し、拍子をずらしてくるところを見ると、相当対人慣れしているようだ。
僕は魔剣の柄を握りながら、ひた走る。いつ攻撃されたとしてもすぐに鞘から引き抜けるように準備していた。少しするとしびれを切らしたゴブリンに動きが見られた。
「来た!」
僕とフリジアの方にゴブリンが攻撃を仕掛けて来た。
片手に錆びれたナイフ。だが、どうもナイフの色がおかしい。紫色の様な液体が塗られている。
「ゴブリンの武器には大抵毒が塗られています。即死系の毒ではないから食らっても問題は無いが、痺れて動けなくなる可能性がある。そうなると奴らに囲まれる可能性が高いので、攻撃をなるべく受けないよう意識してください」
ウルさんは戦いながらゴブリンの対処法について教えてくれた。
「は、はい。わかりました」
――そうだ。ゴブリンの武器には毒が付けられているんだった。前に食らったじゃないか。一度だけ経験があるんだ、それを活かせ。
小型の魔物であるゴブリンの動きは他のモンスターと別物と言っても過言じゃない。動きに単調性があるものの、学習することが可能だ。その為、学習する魔物は他の魔物と違い、生き延びれば生き延びるほど強くなる。
魔物は寿命が無く魔力があれば生きて行ける。その為、魔力を奪うためならば魔物同士で殺しあう事もよくあるのだとか。
そうして生き残ってきた魔物が魔物のリーダーとなって行動を共にすると、その学習を他の魔物に共有されてしまい、格段に危険度が高まる。
今回のこいつらはその危険なゴブリンたちなのだろう。僕に向ってくるゴブリンは以前戦ったゴブリンとは違い、一直線に攻めてくるのではなく僕の視線を見ているのか、進路をちょくちょく変えながら近寄って来る。
木を足場にして跳躍しながら一気に近づいてきた。
「く!」
僕は魔剣を鞘から引き抜き、ゴブリンの攻撃を防ぐ。そのまま切り裂きたかったが、ゴブリンは僕の魔剣を足場に後方へと飛び、僕の攻撃を回避した。
そのまま大振りしてしまった僕目掛けてナイフを突き立てながら一直線に突っ込んで来る。
僕は魔剣を持つ手を翻し、力の流れを変え、ゴブリンの体を切りつける。魔物特有の黒い血液が空中を舞い、筋肉の圧縮によって飛び散る。
真っ二つに切られたゴブリンの体は地面に力なく落下し、魔石以外塵となって消えていく。
魔石を取りたかったが、未だに走っている為、取りに戻れない。
フリジアの方を少し見ると、流石フリジアだ、走りながらでも弓の正確さは変わらない。攻撃してくる、ゴブリンの頭部を規定に撃ち抜いていく。
後ろの二名は後方の確認を行い、挟まれないように注意していた。
側面を走るゴブリンは撃退できたが、これは開幕にすぎなかった。
「父さん、左後方から一体のゴブリンが接近中」
「こっちも! 右後方に一体のゴブリンが現れました」
「左側にもう一体のゴブリンが現れました」
「右側にも同じく一体のゴブリンが姿を現してきたよ」
――どうしよう。このままじゃ、囲まれかねない。数で囲まれるのは少々酷だ。何とか切り離さないと……。
「速度を少し上げようともいます。ゴブリンたちを振り切り、包囲されるのを回避しなければ成りません。全力で来てください」
「わ、わかりました」
ウルさんは速度を上げ僕たちもぎりぎりついて行くが、ゴブリンたちも速度を上げ何食わぬ顔で付いてくる。
――こいつらもついてくるのか。もう僕の走れる限界の速度だぞ。




