休憩の時間
「待って、ヘイヘ君。その魔族兵に殺す価値なんてないよ。ヘイヘ君が無駄に手を汚す必要はないし、人が本当に負けたのかわからないでしょ。この魔族が嘘を付いているのかもしれないし、人族にちゃんと会って話を聞いていない。ジャスって言う人がまだ生きているなら一度会った方が良い」
「そうだ。ジャスはまだ生きている。あのジャスが簡単にやられるわけ無いし、逃げたのだってきっと理由があるはずだ」
――僕が森でジャスに助けられた瞬間、人族がこれほどまで輝くことが出来るのかと、疑いの念を発するほど彼は輝いて見えた。僕もいつかジャスくらいカッコいい人間になりたいと思っていた。
「この魔族はこのままここで貼り付けにしておこう、そうすれば次第に息絶えるか、運よく仲間に助けられるかのどちらかしか残っていない。この魔族兵がこの世界に必要だと判断された場合はきっと助かるでしょう」
フリジアの冷たい視線が魔族兵を脅かす。
「おいおい待てよ。俺をこんな所に貼り付けにしておくなんて、ただじゃ置かねえぞ。魔法で吹き飛ばしてやろうか。腕さえあれば、またくっ付け直して俺の斧でお前らの首と胴体を離れ離れにしてやれるのによ」
どうやら魔族の手はちぎれてもくっ付けることが出来るらしい。そう言えばもう既に両手の出血が止まっている。
僕が切り落とした魔族の手をフリジアが持ってきた。僕も目の前に落ちている魔族の手を持ち上げる。
――重いな。やっぱり魔族の腕だけあって人の数倍は有りそうだ。
「この手が細切れにされたら、あなたの腕はどうなるのかな。ちょっと気になったからやってみてもいい?」
フリジアは魔族を覗き込むようにして喋りかける。
「ちょっと待てよ……」
魔族の言葉を聞かず、フリジアは大きな腕を上空へと投げる。
「『ウィンドカッター』」
フリジアの手から光が発生し魔法陣が展開される。風の刃を無数に飛ばし、魔族の腕を切り裂いていく。魔族の腕はこま切れ肉のようにボロボロになった。これだけ切り裂かれたらもう元に戻すのは難しいだろう。
「このクソアマ! 何勝手に俺の手を細切れにしてんだ!」
「だって、また手を繋がれたら面倒だからに決まってるじゃん」
フリジアは冷徹に魔族にそう伝えると風で浮いているミンチ状になった、魔族の腕を地面に落とす。
「それなら僕も……ふ!」
魔族の腕を宙に投げる。エルツさんの魔剣を引き抜き、縦と横に一撃ずつ加えた。これ以上剣を早く振ることが出来ず、四等分にされた魔族の腕が地面に落ちる。
「クソガキまで俺の腕を切り裂きやがった……、ふざけるなよ。俺の腕をそんな姿にしやがって……」
魔族は一瞬叫びそうな体勢に入ったのだが、フリジアの矢が魔族の喉元に刺さる。
「!」
魔族兵は困惑し、何が起きたかわからないでいる。仲間に知らせるために叫ぼうと思っていたらしいがフリジアに喉を潰され、声が上手く発せられないようになってしまった。
「これで叫べないでしょ。仲間を呼ばれるのは面倒だから発声器官を潰させて貰ったよ。これであなたは叫んだり仲間を読んだりすることも出来ない、運が良ければ助けてもらえるし、悪ければ魔物の餌になるかも知れないね。私たちはここら辺で去らせてもらうよ。それじゃ」
フリジアはその場を立ち去って行った。ならば僕も付いて行った方が良いだろう。
魔族に聞こえない距離で作戦を考えるのかもしれない。少し離れた所でフリジアは太い木の上に立っていた。
「フリジア……。いきなり離れたりしてどうしたの」
「ご、ごめん、ちょっと感情が外に出てきそうだったから、離れた。あの魔族兵に私の感情が揺さぶられていると知られたら、どうやって漬け込んでくるのか分からないから距離をとったの」
「そうだったんだ。でももう心配ない。この場に魔族は居ないし。このまま東国に向かおう、あの魔族兵が居なくなったらきっと他の兵が探しに来るはずだ」
僕たちは魔族が迫って来る前に東国に出来るだけ近づき、敵から距離を稼ぐことを目的にして森を走り抜けることになった。
五キロメートル地点を通過し、一〇キロメートル地点を目指す。
「フリジア。そろそろ休まない? 疲れが大分溜まってきた気がするんだけど」
「そうね、そろそろ休憩の時間にしようか。ずっと疲れる事をやっていてもだめだよね。私、先走っていたみたい。お茶の準備でもしようか」
「いや……、そこまで心を休めなくても」
僕たちは少し休憩することにした。
川で水を汲み、火を小さく起こす。あまり大きすぎると煙で誰かがここに居ると知られてしまう。なるべく小さな焚火でお湯が最低限沸かせるようにした。
フリジアはどこで拾ってきたのかわからない、見慣れない草花を持って戻ってきていた。
「変わった草と綺麗な花だね。ハーブティーにでもするの?」
「そうだよ。疲労回復と、安心感が得られる効果がある草花を見つけたから丁度良いかなと思って」
「確かに、少しでも回復効果が得られるのならそちらの方が良いからね。僕もさっき木の実を見つけたんだ。確かこの木の実なら食べられたはず」
僕はあまり森に詳しくないが少しの食材だけは知っていた。ラーシュ君と一緒に食べた木の実だ。ラーシュ君……元気だろうか。
「あ、いいね。私、その実結構好き。もう休憩という時間は過ぎちゃってるけど、別にいいよね」
既に日は沈みかけ、休憩と言うよりかは夕食に近かった。
薄暗い森の中で小さな焚火が火の粉を撒きながら燃えている。
火を見ていると安心してくるのはなぜだろうか……。
毎度同じようなことを思うのだが、その答えは一向に思いつくことは無い。
大きな葉を織り込んで鍋にしてあるが、案外燃えずにお湯を沸かせていた。すでに薬草と花を入れていた為、色素が溶けだし、透明だったお湯が緑と多色を混ぜた綺麗な色に変わった。
優しい森の色と、元気をくれる暖色。匂いは勿論素晴らしく、初めて作ったにしては出来栄えが完璧すぎて恐ろしいくらいだ。
出来上がったハーブティーを木製のコップへと注いでいく。
二から三杯分の量しかない為、コップへと少しずつ移していき見栄えを良くするために、取っておいた暖色の花びらを一枚だけ水面に浮かべる。熱による対流が起こり花弁はくるくると回転しながら爽やかな香りを放った。
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