魔族と遭遇
「メイちゃん以外にも何か言わないといけない相手が居るんじゃないの」
「はは……、そうだね。ごめん、フリジアを危険なことに巻き込む気は無かったんだ。だから君はエルフ国に戻って……」
僕は目の前にいるエルフからあまりにも早い平手打ちを左頬に食らった。フリジアの小さな手が一瞬だけ僕の頬に当たり、なにが起こったのか一瞬で判断できなかった。じんわりと痺れる頬に触れてやっと叩かれたと理解する。
「もう、そう言うことじゃないでしょ。何を言われようと私は国に戻ったりしない」
そうだった、フリジアは一度決めたら頑なに突き通そうとする性格だった。
「ああ…、そうだったね。フリジア、どうか僕に手を貸してほしい。不甲斐ないちっぽけな僕だけど、君の力が合わされば、何か変えられるかもしれない」
「うん。そうやって初めから言ってくれればいいの。ヘイヘ君が行くなら私も行く。東国に向かって行った王国民を何とか逃がせるように私達で考えよう」
「そうだね……。僕は東国に行ったことが無いから、まず方角を調べないといけないね。それからどうやって東国の人たちを逃がすか。どこに逃がしたらいいのかとか考えないといけない事が沢山ある。出来るだけ早く行動した方が成功率も上がるから、方向が定まり次第、すぐに出発しよう」
「そうだね。方角は森に聞けば何となく分かると思うから心配しなくても良いよ」
「森に聞く? そんな事が出来たんだ。方角がわかるなんて便利だね」
僕とフリジアは、話し合ったあと溢れんばかりの星空を見ていた。その星の一つ一つが視界に入らず、空から零れ落ちるように流れ出した。
「凄い……。これが流れ星……。いや、この数は流星ってやつか」
「ほんとだ、流星何ていつ以来だろう。ざっと一〇〇年くらい前に叔母さんと一緒に見たくらいかも……」
空を流れる光の筋は息を呑むほどの美しさをほこり、言葉では言い表せない。
「この流星は世界のどこからでも見れるのだろうか…、メイたちも見てたらいいな……」
「きっと見てるよ。こんなに綺麗な星空を見ないわけないもん」
「そうだね……」
僕たちは眠りについた、今日はドッと疲れが溜まった一日になった。硬い地面の上で寝ても疲れが取れるかどうか……。でも、眠らないと疲れが取れないのは事実、無理やり目を瞑り、寝ようと試みる。
案外すっと眠れた。どうやら頭も休眠を求めていたらしい。
日が上り、目を覚ますと肩や腰がずきずきと痛い。筋肉が固まってしまっているような感覚だ。流石に何日も地面や木の上で寝ていては心地いい目覚めとはいかない。
「ヘイヘ君、起きた? それじゃあ、出発しよう。方向は森から聞いたから、こっちの東方向にまっすぐ行けば、東国があるみたい」
フリジアは寝起きの僕を容赦なく引き上げると、日が眩しい方向を指さした。
「そうなんだ。それじゃあ行こう。伝えるなら出来るだけ早い方が良いだろうから」
「そうだね、えっとここからだと。ざっと三〇キロメートルくらいあるみたい。山とか谷とかもあるだろうから普通に歩いたら時間が相当掛かるかも。ざっと五日ぐらいかかるのかな。木の上を走ればもっと早く付けるだろうけど」
「木の上を走って行こう。どれだけ先に魔族より動けるかが大事になってくると思う。魔族よりも後に動いていたら、それはもう遅い」
「そうだね、それじゃあ私が先導するからヘイヘ君は私の後をついてきて。出来るだけゆっくり走ろうと思うけど、きつくなったら声かけて。少し休むから」
「そこまで気にしないで。僕も死に物狂いでついて行くから、フリジアは出来るだけ速度を出して走ってほしい」
――このままだと足が早いフリジアの足を引っ張ってしまう。何としてでも魔力操作を早く上達させないと。
「ヘイヘ君がそう言うなら」
「それじゃあ行こう。目標は五日で東国に到着すること。魔力の消費が激しいだろうから、一気に移動して出来るだけ休憩を挟む。ある程度の魔力を残していないと万が一、敵と遭遇した時に対処できない。少なくとも僕は魔力を使った魔法はあまり得意じゃないけど。フリジアは魔力を相当使うだろうし、考えながら移動した方が良い」
「魔力は寝れば大抵回復するからそこまで気にしなくていいと思うけど……、わかった。もしかしたら一気に使わないと行けないときがくるかもしれないし、出来るだけ余力は残しておくよ」
フリジアと方針を決め、日がしっかりと登り、辺りの緑色の草木が生い茂っている姿をはっきりと見た。
フリジアは合図もなく木の枝の上を走り始めた。
木々を移動していくさい、足音が全くしない。木の枝もほとんど揺れていない。
ほんとに乗っていたのかと思うくらいに動かないのを見て、魔力操作の卓越された技術だと察した。なんせ、僕の場合はとんでもなく揺れてしまうのだ。
体重が僕の方が思いと言う理由もある。それでも圧倒的技術の差を感じた。
フリジアに僕を気にせず走ってくれって言ったけど、あれはどうやら間違いだったようだ。数メートル離されるだけで、僕は追いつける気がしない。
言ったことを後悔しつつ、自分の言動に責任を持つためにフリジアに食らいついて行く。
魔力を足裏に溜めて木の枝に乗り、飛び移る際に魔力を足裏から移動させる。
体を動かしながら魔力を足裏に流すと言う、両方の動きを意識しなければならず、中途半端に行うとどちらかが異常をきたす。
体の方に意識を向けると木の枝から足が滑り、何度も落ちかけた。魔力の方に気を取られると体が硬くなり、上手く動かなくなる。
落ちそうになるたび、右手又は左手で枝にぶら下がり余計な体力を使ってしまう。
「はぁはぁ……、フリジアがもう見えなくなってしまったな。こっちの方向であっていると思うから、すぐに追いつかないと」
僕が全力で木の上を移動していると、フリジアが少し先で止まっているのが見えた。
「ん……。フリジア、僕が遅いから待っていてくれたのかな。申し訳ない……」
僕はフリジアのもとへと急いで向かう。
「ごめんフリジア待った……」
「し……」
フリジアは細く綺麗な指を唇に当て、音を殺すようにと指示をしてくる。
僕は言われた通り、手で口を覆い、音が出そうな状態を食い止めた。
フリジアは静かにある一帯を指さした。そこには数体の魔族が切り株に座っていた。
「先を越されたのか……」
「違うと思う。多分、偵察してるんだよ……。東国までの道に何が仕込まれているかわからないから安全のために徘徊しているんじゃないかな」
「なるほど、納得した……」
「こうなると迂回していった方が安全かもしれない。時間は掛かるけど……」
――速さと安全。どちらを取るか。あの魔族が本当に偵察なのだとしたら、東国はまだ猶予は残されているってことだよな。それなら安全な道を行ったほうが確実だ。




