これからの動き
フリジアが放つ矢と魔石を紐で結び付けることに成功した。
フリジアは弦を目一杯引き、一点を狙う。放たれた矢は空中に綺麗な弧線を描き、魔石の輝きが線になって映し出された。
僕たちは放たれたのを確認すると、すぐさま魔馬車の下に潜り込む準備を整える。
魔族は誰一人として、魔石の光に反応している者はいない。爆発音と共に、魔族の顔が動く。ある一方向に視線をそらし、すぐさま動き出す魔族兵と指示を出す魔族兵がここら一帯の空気を動かす。
「よし、何とかバレずに張り付けたな……」
爆発音と共に走り出していた僕たちは、他の魔族に気づかれることなく魔馬車の下に隠れることが出来た。
荷台からは恐怖によって泣き叫ぶ子供やそれをなだめる大人の声が聞こえる。荷台の重さは今朝の何倍か分からないほど重いのだろう、荷台がへこみ、地面についている車輪の跡もだいぶ深い。
一頭だった魔馬が二頭に増えており、それでも苦しそうなのを見ると、相当な重さなのだろう。
「このまま……このまま……」
そう思っていたが魔馬車は止まり、中から泣き叫ぶ子供が投げ出された。
その子供は地面に衝突し、頭から血を流してる。腕を鎖と手錠で拘束されている為か、上手く立ち上がれない様子だ。それでもなお声を漏らし、母を呼ぶその声は弱弱しい。
助けてあげたかった……。しかし……、
「ああ……。うるせえ、これだからガキは嫌いなんだよ……」
一体の魔族が子供の顔を踏みつけ背中から急所を剣で突いた。
その子の顔は僕たちの方を向いている。目から大量の涙と口鼻からは鮮血を垂れ流し……。目から光が消えた……。声すらもかき消された……。
子供から流れ出した鮮血が地面を浸透し、吸われていく一方、あまりの量に吸いきれなかった鮮血が大河のようにこちらへと流れてくる。
僕は生暖かい血に触れ、掌に包み込むようにして握りしめた。掌から零れ落ちるように血が流れ出し、大河の模様を変える。
視界が滲む……。憎悪をまき散らしていたであろう僕は、何もできなかった。不甲斐なく震える右手を胸内に包み込むようにして声を殺しながら泣いた。涙も流さないよう思いっきり力を入れて涙を止める。
僕があの魔族の声を忘れる事は一生ないだろう、人が死ぬ光景を見たことが無いわけじゃなかった。でも、僕の目の前で力なき者が無慈悲に命を奪われる。
こんなことがあっていいのだろうか……。
僕は許せない、力がある者は弱者を守るものだと勝手に思い込んでいた節がある。
ただ、世界は違った、強者は弱者を踏みにじる。それがたとえ、食う食われるの関係であったとしても、食う側には食う側の責任があり、食われる側にも責任がある。
僕たちが食われる側なのは、この時ようやく理解した……。同時にこのまま魔族を野放しにして置くことも出来ないと考えるようになった。均衡が崩れた……、そんな感覚だ。
今まで保たれていた均衡が、簡単に壊され塗り替えられようとしている。
次第に魔馬車は動き始めた。僕たちは気づかれなかったようだが、先ほどの光景が頭から離れることは無い。
魔馬車が門外に出た瞬間、僕たちは魔馬車から離れ、茂みに身を隠す。眼だけを動かし、周りに魔族が居ないか確認したら僕たちは集合した。
「脱出できたね……」
フリジアの感情は僕にも痛いほどわかる。その顔は僕の心を丸写しした、憤怒の表情だ。冷静な種族であるエルフでさえ、頭に血が上るのだと親近感を覚えながら、冷静に話し始める。
「とりあえず、王国の状態をフィーアさんに報告しよう。次の行動はそれから考えるとして、何か食べよう。王国内で真面なものを食べられなかったからお腹が減りすぎて……。あの時お腹が鳴らなくてよかったよ……」
僕が冗談交じりに無駄な動きを付けたしながら喋る。
「そうだね……。確かに何も食べてなかった。食べられる動物を探そうか。そのあとフィーア叔母さんに報告すればいい」
憤怒の表情は少し和らぎ、いつものフリジアらしい綺麗な表情に戻る。その後、運よくワイルドボアの群れを見つける事に成功し、既に弱っていた個体の命を戴いた。命に感謝と敬意を払いながらボアの肉を口に放り込む。ただ焼いただけとは思えないほどに美味しい。
「ボワの肉って、こんなにおいしかったかな……」
「そうだね。凄く美味しく感じるよ……」
乾いていた体に水が吸収されるように、飢えていた僕の体はボアの肉を一瞬で吸収してしまった。
「それじゃあ、フィーアさんに連絡するよ」
僕は魔法の袋から羽を一枚取り出し、今日起こった出来事や現状を魔力と共に羽へと流し込んでいく。銀色に光り輝くその羽は形を変え、一羽の鳥となってエルフ国がある方角へと飛んで行った。
僕たちは焚火を囲み、これからの事について話し合う。
「これからどうしようか。人族が負けたってことを誰かから聞いたわけじゃないからまだどこかで戦っているのかもしれないけど……、この状況を見たら、最悪な状況を考えるしか……」
「そうだね。例え人族軍が残っていたとしても王国からすべての魔族を追い出すことは難しくなったんじゃないかな」
「僕は、これから向かう場所に迷ってる。一つ目にエルフ国に戻って逃げる準備を整える。二つ目に東国に向って、生き残っているかもしれない人族に忠告、又は避難指示を出しに行く。三つ目に獣人国に向って共に戦う」
「三はあり得ないでしょ。たとえ私達が加わった所で何も変わらないと思う。東国に王国民が避難したらしいけど、東国に王国民全員を養えるだけの国力は無い。もし魔族軍が東国を責めたらそんなの一瞬で方が付いちゃうよ。そんな所に向うのは危険すぎる。結果的に一つ目の選択になると思うんだけど、その顔から考えると違うみたいだね」
「え……。僕どんな顔してた?」
自分の表情がどうなっていたかは自分で見ることなどできない。そのため、フリジアに言われ、首をかしげる。
「多分……、東国に行こうとしてたんじゃない。それか私に選んでほしかった?」
「確かに……。エルフ国に戻ってメイと逃げる準備を整えた方が僕たちにとっては安全かも知れない。だけど、僕達だけ生き残っても意味が無いんだ。まだ勇者も生きている。諦めてるわけない。まだ戦おうとする意志がある限り、人族は負けてないんだ。メイには悪いけど、僕は東国に向いたい……」
フリジアは深いため息をつきながら、その体を僕の方に近づけてきた。
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