情報交換
――くそ、早いな。このままだと確実に追いつかれる。何とかしないと。
当たりを見渡すと幸運なことに二体の魔族しか見当たらなかった。
――あの二体を何とかして無力化できればいいんだけど。僕にそんなことできるのか。いや、やらなきゃいけないんだ。他の魔族に僕の存在が気づかれたら逃げ切るのが何倍も難しくなる。
そう思っていた時、
「なっ!」
一体の魔族がいきなり目の前に現れ、黒く輝いている剣を横一線に薙ぎ払われた。
「く!」
僕の体の反射神経が無理やり反応し、足裏に魔力を溜めて急停止を行う。そのまま後ろに下がり、薙ぎ払いを回避する。
――危なかった。フリジアに教えてもらった魔力操作を使えてなかったら僕の体真っ二つだったぞ。
「どうして逃げようとするんだ。さっさとフードを取ってみろ。そうすれば仕事に行かせてやる。フードが取れないというなら、ここで切らせてもらうぞ」
――今、僕の事を切ろうとしてただろうが。例えここでフードを取ったとしても切られるんだろうな。それなら、顔を見せる必要はない。
両者ともに剣を抜かれ、前後はすでに逃げ道は無い。両側も店や壁だ。逃げるために上らないといけない。でも、二体の魔族の気を逸らさないと無理だ。
――このままじゃ、逃げられない。
そんな時、一本の矢が地面に突き刺さる。
魔族は視線を僕から一瞬離した。その瞬間を見計らい、僕は一目散に横に走って店に設置されていたテーブルを台に使い、建物の屋根によじ登る。そのまま、後ろを振り返らないようにして全力で屋根の上を走った。
「はぁはぁはぁ……。何とか逃げ切れたのかな。あの矢を放ってくれたのはフリジアだ、逃げろなんて大口叩いてたのに結局助けられてる……。情けないな」
今の所、魔族が追ってきている気配はない。早くこの場から逃げないと包囲網を引かれたら逃げ出すことなんて不可能だ。それよりもフリジアは無事だろうか。矢を放ったフリジアの方へと魔族が向かっていたら。そう考えると居ても立っても居られない。
身を低くしながら、屋根を超え、何とか物陰に隠れる。
僕が居るのは多分民家が密集した地帯。頭を上げ、周りの確認を行いながら、次の行動をどうするか考える。
「僕が出来る事はなんだ、僕が出来る事をやらないと……」
再度、顔を上げ、辺りを見渡す。見渡す限りは魔族の姿は見えない。
何とかしてフリジアを見つけて、一緒に王国を脱出する。早く脱出しなければ、捕まったら即座に殺さるか、情報を洗いざらい吐かされて殺されるか。どちらにせよ殺されるのは確かだ。
「早くフリジアの元に……」
僕は細い裏地を走っていると、両手両足を撃ち抜かれ、壁に貼り付けにされた先ほどの二体と違う魔族が居た。気絶しているのか全く動かない。矢の形状からするに、フリジアの矢で間違いない。
「フリジア、どこに行ったんだ。先に待っていた方が良いか、それとも、僕がフリジアを探しに行くか。フリジアが僕と同じ失敗をするとは考えにくい、やっぱり待っているほうが確実かな」
僕は服屋に戻ることにした。これだけ急いでいるのに速度が上がらない、やはりもっと魔法を使えるようにならないと。
僕が細いすきまを使い服屋まで走って居ると細い裏道から僕をいきなり引きずり込む何かがいた。
「う!」
口を押えられ、抵抗できない、何かの魔法だろうか。
「ヘイヘ、やっと見つけた。全然戻ってこないからヘイヘの魔力を感じ取ってここまで来たんだよ」
現れたのは僕がよく知るフリジア本人だ。見かけは先ほどと何も変わらない、服の汚れも髪の乱れもなく先ほどのフリジアそのままだ。
僕は数年ぶりに会った友達みたく目が合った瞬間、一気に先ほどの光景が脳裏によみがえる。
「フリジアも無事だったんだね……、良かったよ」
「ええ、誰かさんのお陰でね…。それよりも色々情報が集まったからこの王国を脱出するか、残るかを判断してすぐ行動しないと…」
「そうだね。とりあえず情報を整理できる場所を探そう」
僕たちは人がいなくなった民家に入り、魔力感知を受けない為に薄い魔力の膜をドーム状に変形させ、敵の捜索を難しくさせる。
「それで、どんな情報を得たか、総合させてみよう。魔族が言っていることが本当なのかはまだわからないけど仮説として考えてみよう」
僕は部屋の中で静かに話し出す。
「そうだね、出来れば信じたくないような内容ばかりだから……」
フリジアの顔は相当辛そうだ。きっと嫌な事を聞かされたのだろう。
「えっと……僕から言うね。僕の方は魔族兵の会話から得られた情報なんだけど、この王国に居る人族は魔族の国に連れて行かれて奴隷にされるらしい。しかも相当酷い扱いを受ける可能性がある」
「ええ……、確かに私の得た情報にも、人族を乱獲し奴隷にするといった方針が魔族の間で横行しいるらしい。人族は労働力にも食料にもなるという事なんだとか」
「やっぱりそうなんだ……。ここに居たはずの王国民はどこに行ってしまったんだろう」
「ここに居たはずの王国民ほとんどが東国に逃げたらしい。捕まってしまった人々の多くは戦争の影響で王国外から逃げ込んできた人たちの集まりらしく、逃げ出すのが遅く、魔族たちが国に入ってきた時にはもう既に酷い状態だったらしい。もしかしたら、国民に囮として使われた可能性がある」
「そうだったんだ……」
――ラーシュ君とリーシャさんは無事だろうか。ラーシュ君はアランさんたちと一緒に獣人国に逃げられただろうか、リーシャさんもジャスと逃げられただろうか。もしまだ逃げられていないんだったら、この王国内に捕まって居る可能性もあるのか。
「それで、既に魔族国に人族を送っている最中みたい、半分以上がもう送られたらしい。ただ、老人や病気を持った人はその場で殺されるみたい……」
フリジアの表情は更に暗くなる。
「そうなんだ……」
――この状況からすると、やっぱり人族軍はもう、負けたのかもしれない。負けてしまったのなら僕たち人間は逃げ続けなければ成らない。どこに逃げようか……、どうやって生き延びようか……。はっきり言うと他の人に労力を割いている暇など無い、このまま行くと僕たちまでも魔族に捕まってしまう。




