馬鹿な魔族
「あ……、えっと、今は食欲が無くて後で食べるよ」
僕は苦笑いを浮かべながら言う。
「食欲がない? どうした風邪でも引いたか? それともまだ体力が回復していないのか?」
「どちらにせよ、食べないと体力が回復しないぞ。少しでも良いから食えよ」
二体の魔族は僕に食を進めてきた。
――く、くそ、こいつら同種族には甘いのか。まぁ人族の他種族嫌いと同じか。ここで思いっきり走って逃げたら絶対に殺される。でも開ける前から食べられないことがわかっているのにもう一度座っても食べられるわけがない。もう一度座って食べられなかったら絶対に怪しまれる。
「ご、ごめん、俺……仕事にすぐ戻らないといけないから……」
「何だ? お前の所属はそんなに忙しいのか? どこ所属だよ」
――所属。そうか、魔族にも所属している軍や部隊が存在しているのか。ここで下手な発言をしたら一気に怪しまれる。
「お、教えられない。言ったらダメなんだ……」
「教えられない? 暗部所属ってことか。悪かったな。キラルに宜しく伝えといてくれ」
――キラル……。誰の事だ。
「あ、ああ、わかったよ……」
僕はその場を離れようとした。しかし。
「お前……、誰だ」
「どうも怪しい……」
「へ…」
僕は二体の魔族に囲まれてしまった。
「なんかおかしいと思ったんだよな。いつからおかしいと感じたか、それはお前が列に並んだ時だ。周りとはあまりにも違う体系だったからな。お前を見ていたら、どんどん疑いから疑問へと変わって行った。初めは他愛のない話をしてどんな反応をするか見てたんだが、特に反応を示さなかった。初めは魔族かも知れないと思ったさ。そこで俺は魔族軍暗部所属の名前を言ったんだ」
一体の魔族はじりじりと距離を詰めてくる。
「だが、俺が言ったキラルと言う魔族は存在していない。それなのにも拘わらず、お前はなぜそいつの偽名を聞いておかしいと思わなかったんだ?」
「そ、それは……」
「暗部は少数精鋭部隊だろ、それなのに何で偽物の名前に気づけないかった。すぐ気づけそうな偽名だ。俺の知り合いの中にキラルと言う名前の魔族はいない。そもそも暗部の素性なんざ誰も知らないはずだ。さぁ、そのフードを取って貰おうか。仕事に向いたいのなら、自分が魔族であることをさっさと証明しろ」
――はめられた……。クソ、やっぱり最初から罠だったんじゃないか。信じた僕が馬鹿だったよ。それにしてもやばいな。このままだと確実に殺される。どうにかして逃げられる方法を考えないと。
僕はフードを被っているからか、それともローブを着ているからか、体から汗があふれ出して止まらない。
今日はそれほど暑い日ではないのだが、冷や汗なのだろうか。
「どうした早くフードを取れ、フードを取る事くらい簡単なことだろ。魔族だって言うならすぐ取れるはずだ」
一体の魔族が僕に剣先を付きつけながら脅迫してくる。
「あ、ああ……」
僕は手を星が動く速度よりも遅くフードに持って行く。
――クソ、どうする。このままだと確実に人族だってバレる。何とかして誤魔化す。いや難しいだろ。僕の顔はどう考えても魔族の顔じゃない。二体の魔族は僕の事をすでに疑っているんだ。どんな言葉を並べても、きっと信用されない。早く逃げないと。
「やっぱりごめん、早く行かないと……」
強引に抜けようとするが、巨体で堰き止められる。
僕みたいな貧弱な体系じゃビクともしなさそうだ。
――今の瞬間に僕を即座に切りつけてもおかしくない。この魔族二体は僕が魔族である可能性を一応疑っているんだ。ならその隙をついて、こっちから切りつけるか。エルツさんの魔剣ならこいつらの巨体も切り裂けるだろう。でも、そうなったら最後、周りの魔族が駆けつけ、この王都中にいるであろう魔族軍から逃げ続けなければならない。
僕は魔剣の柄に手をかけ、振りかざそうとするのと一瞬ためらう。
頭の中で思考を何度も巡らせたが……何も思い浮かばない。
――頼む……。何か、何かこの危機を切り抜けられるようなもの……。一瞬で良いんだ。この二体から気をそらせられそうな物……。
僕は魔法の袋に手を入れ願った。
魔石に手が当たるが今攻撃したら敵とみなされる。そうなったら最後、僕が死ぬか僕が二体の魔族を倒すかの二択になってしまう。
僕が二体の魔族から逃げ切れるとは思えない。
祈るようにして目を瞑ると、手に何か、ふわっとした軟らかい綿の感触が触れた。
僕は願いを込めて握りしめ取り出す。目の前に合わられたのは余りにも大人っぽ過ぎる下着だった。なぜ僕はこんなものを取り出したのかわからないが、魔族の目の前に堂々と取り出してしまったのだ。
「そ……、それは人族の下着。なぜお前が持っている。まさか、任務だったのか……」
――何だろう、大丈夫なのか。もしかしたら切り抜けられるのかも。
「は、はい。人族の中に潜り込まないといけないので人の体になっているんだ」
――行けるのか。こんな芝居で、これで行けなかったら僕はどうすればいいんだ。頼むからだまされてくれ。
「そうか。すまなかったな。変身魔法はかなり魔力消費が痛いからな。引き留めてしまってすまない」
――この魔族、バカだ。行ける、行けるぞ。初めは頭が相当切れる魔族かと思ってたけど、ただのおバカだったか。
「そ、それじゃあ、仕事に戻りますね」
僕は大人っぽ過ぎる下着を魔法の袋に戻し、何とかフリジアが待っている可能性がある服屋へと戻ろうと試みる。
僕が少し移動した所でバカだと思っていた魔族が呟く。
「いや、よく考えたらそんな事ある訳ないだろ。バカなのか俺は。今更どこに潜入しに行くんだよ。東国に向うのはまだ先だろ。それにこいつの声はどう考えても男だ、女用の下着を用意してどうする」
――まぁ……。普通そう考えますよね!
僕は一気に駆け出し、何とか振り切れないか試みた。
魔法の袋へと手を突っ込み、魔力を込めた魔石を徐に取り出した。
魔石を持った右腕を振り上げ思いっきり、後方の地面に投げつける。魔石に亀裂がすぐさま入り爆発が起こる。
爆風により高い土柱が立つと砂煙が舞い上がり、一帯を少しの間だけ視界を悪くし、僕の体は砂塵の雲に隠れた。
何とか、その場を離れようとするが魔族の感覚が良いのか、それとも僕の動きが悪いのか二体の魔族を振り切ることが出来ない。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。




