地獄
「ヘイへ、お前が働きだして、1年がたった。しかし、お前の目標金額まで貯めるのにまだまだ時間がないはずだ、そこでお前には武器を作ってもらうことにした。初めのほうはうまくいかないかもしれないが、もし売れるようになれば、余裕で間に合うはずだ」
この先も技術さえ持っていれば金は稼げる。
ならば少しでも可能性に欠けてみたほうが得策だと俺は思ったのだ。
…まさかたった3年で売れるような武器を作れるようになるとは、この時の俺は微塵も思ってなかったがな…。
「そうですよね、エルツさんのところで働けるだけでも、他の場所で働くよりも稼げてますから。このまま時間が過ぎるよりはいいかもしれません。きっと甘いものでもないと思いますが、僕はできるだけ頑張ります、ですからエルツさん僕をサポートしてもらえませんか」
――この先僕がどうなるか分からない…お金はあるに越したことは無いんだ。それなら出来るだけ稼げるようになった方がいいに決まってる。この仕事に文句は言えないし、弱音を吐いている時間もない、それは働いていて分かった事だ。
エルツさんの負担になるのではないかと、また、僕にエルツさんのような武器を作ることが出来るのかという不安はあった。
「もちろんだ。ただし、途中で引き下がることだけは許さん。もしそうなったら今までの金貨を没収させてもらう。それほどの覚悟で臨むことだ」
「はい!もちろんです。僕が辞めるのは資金を集めきった時と僕が死んだ時だけです!」
「よし!ならすぐに仕事を片付けるぞ」
その日からエルツさんの猛指導が始まった。
メイには事前に帰るのが遅くなると伝えておいた。
「ちゃんと夜中になっても今日中までには帰ってくること!もし帰ってこなかったら、お兄ちゃんを縛り付けちゃうから」
――縛り付けられるのは勘弁だが…それだけ言って、許してくれた。
「分かった!必ず帰ってくるよ」
「うん!」
純水無垢な顔で僕に笑いかける。
メイは以前よりも僕を応援してくれるようになった。
「それじゃ始めるぞ、お前にはしっかりと働いてもらった後に俺の技術を教えてやる。教える時間が惜しいからな、今までよりもスピードを上げるぞ、キツイからしっかりとついて来いよ!」
「はい!」
エルツさんはそう言うと今までの動きが遅いと感じるほどのスピードで動き出した。
通常の仕事が終わるころには、とてつもない疲労感…金槌を1回動かす力すら残っていなかった。
「何とか終わったな…だかまだ遅い!このままじゃ3年でお前に全て教えてやることができないぞ!もっとスピードを上げることを意識しろ。そして、スピードを上げても丁寧さは忘れるな。そうすれは効率が格段に上がる」
意識が朦朧とする中、エルツさんが何か僕に言っている声が聞こえたのだが全く…頭に入ってこない。
――まさかこれほどまでにきついなんて…1年間仕事をして僕にも多少なりとも力がついてきたと思っていたけれど、勘違いだったみたいだ。
「ヘイへ、気合いだ!ここからの修行に意味があるのだ、この機会を逃したら二度とお前の力がつくことはないぞ!」
エルツさんは僕を鼓舞する。
意識が飛びそうになったが、メイの顔が目に浮かんだその瞬間…意識が元に戻った。
「エルツさん…始めましょう、僕はまだやれます!」
「はは、そうこなきゃな」
この日から地獄の1年が始まった。
初日は、家に帰るのもままならないほど、疲弊していた。
「はぁ、はぁ、はぁ…何度家に帰る途中で気絶しかけたか…」
――メイには心配かけてばかりだな…ほんとに
今まで頑張ってきた剣の練習もままならなくなり、剣の練習で培った技術が水の泡のように体から抜けていく。
半年の間、夕食以外はずっとエルツさんの指導を受けぼろぼろになって帰るという日々を続けていた。
ある日、いつもと同じように体力を使い果たす予定だった。
しかし、その日はいつもより、自分の体が疲れていないことに気が付いた。
「エルツさん、あの、僕あまり疲れなくなりました」
「お!やっとか。それはな、お前の体の限界値が上がったんだよ」
「限界値?」
「そう、限界値。言い換えるとまぁ…体力がついたってことだ!」
エルツさんはその場に立ち上がり、金槌を持ち上げる。
「よし、それじゃそろそろ本格的に指導していくか」
「は、はい!よろしくお願いします!」
――これでようやく武器が作れる、やっと楽になれる…
とこの時は思っていた。
「あの、エルツさん、僕は今何やっているんですか?」
「何って勉強だ」
「僕は武器を作るんじゃなかったんですか?」
「そう、武器を作るために勉強するのだ」
作業台の上には何冊もの分厚い本が縦に並べられている…いったい何冊あるんだ。
確かに、無知のままではいいものを作ることはできないかもしれない。
「でも、今は時間がないんですよ。勉強をしたって何が変わるんですか、それなら、もっときつい仕事をした方が良いんじゃないですか?」
「お前は分かってないな。それはドワーフが職人になる時の方法だ。だが、お前はドワーフじゃない。お前は人間だ!人間はドワーフと違って賢い種族だからな。確かにドワーフと同じように何年もかけて経験を積んでいくやり方もある。だが、人間が得意なことを混ぜたほうが、上達が早まるんだよ」
――確かに…エルツさんの言っていることも一理あるかもしれない。今更疑ったって仕方がない、ここはとことん信じきるまでだ。
「分かりました、よろしくお願いします」
その日から、仕事以外の時間は勉強することになった。
人生でほとんど勉強してこなかったため、とても辛い反面、とても楽しかった。
勉強し始めてからあっという間に半年が過ぎた。
「よし、この1年でお前に基礎を叩き込んだ、後はどれだけ丁寧な仕事ができるかだ」
「はい、ありがとうございました」
――やっと、自分でも武器を作れる。
そう思うと、とてもうれしかった。
「じゃあ俺が初のお客だと思って、まずナイフを作ってみろ」
エルツさんはおもむろに注文してくる。
「はい、分かりました。何かご注文はありますか?」
「そうだな…軽くて、よく切れるものにしてくれ」
「分かりました、最善を尽くします」
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