Sランク冒険者
「さてと、今日は仕事が終わったし、後は家に帰って剣の練習をするだけだな」
僕は今でも剣の練習を続けており、最近はエルツさんからもらったナイフも使いこなせるように日々、筋力をつける鍛錬や長い距離を走ったりして体力を付けられるように頑張っている。
剣の鍛錬を続けるのか、また剣とナイフの両方を使い、それぞれの問題点を補いあうのか、悩ましい所だ。
剣もまともに使えないのに、ちょっと欲張りかもしれない。でも、鍛錬は僕のちょっとした日々の楽しみなのだ。
帰宅後、無心で剣を振り続ける。
「お兄ちゃん、剣をいつまで振ってるの! 仕事がせっかく早く終わったんだから、しっかり休まないといけないでしょ!」
メイは畑仕事をした後のような土塗れの服装で、僕を説教する。
「そうなんだけど、どうしてもやめることができなくて」
僕は剣を振ることが、習慣になっていた。日々の鬱憤を忘れることができるのが、剣の鍛錬の時間になっていたのだ。もう、剣を振るのが使命のように感じる。
でも、未だに僕は、父のように剣を振るうことが出来ずにいた。
「あ~、全然だめだ、父さんみたいに『シュッとしてダン!』ってならない」
僕は父が剣を振っている所を一度だけ見せてもらったことがある。
その時の僕は剣を持ち上げることすらできなかったが、父の姿がすごくかっこよかったのを覚えている。
「まだ諦めないぞ、いつかきっと使いこなしてやる!」
そう心に決めるのだった。
次の日。
「おはようございます!」
僕はいつも通りのあいさつを行い、エルツさんの家の扉を開けると仕事場に誰かいることに気が付いた。
昨日、冒険者ギルドの中で見た、有名な冒険者さんだ。
「へ、ちょ……。いきなり」
そう言ったのと同時に、僕には分らない言葉で呪文のような文章を唱え始める。
「!#$%&%$#」
何を言っているのかわからなかったが、フードの人は何かを言い終えると、安心したように話し出した。
「初めまして、私の名前はフィーア・リーン、冒険者をやっています。知っているかもしれませんがランクはSランクです。よろしく」
フードの人がいきなり、自己紹介をはじめ、手を差し出してきたので僕もとっさに自己紹介をする。
「初めまして、僕の名前はヘイへといいます。僕も一応冒険者をやっています。ランクはFランクです。あなたの姿は昨日、ギルドで拝見しました」
「あら、そうなの。知って貰えてるなんて嬉しいわね」
この時、僕はどうしても気になって聞いてしまった。
「あの、どうしてフードをかぶったままなんですか?」
質問された時のフィーアさんはすごく動揺していた。
「な、なにを言っているの。私は見ての通り、絶世の美女で、完璧な体で、色気漂う美声を放っているはず」
「い、いやそんなことは」
この時、僕はまだ女性に対しての心得を知らなかった。
「お~い、フィーア。終わったぞ! てか、またフードかぶったまま話をしているのか。話すときはしっかりと顔を見せなきゃダメだろ!」
エルツさんはそういうとフィーアさんのかぶっていたフードを強引に外した。
「へ……」
フィーアさんの驚いた顔がフードを外されたことでよく見えた。
――緑色の長めの髪と大きな瞳、これまでに見てきた女性の中でフィーアさんはぶっちぎりで可愛かった。ただ、気になったのは耳が人の形状と全く違う。とても長い……。
「やっぱり、フードを取ったほうがいいですよ、そのほうが話しやすいです」
「気づいてたの、私の本当の姿。いったい、いつから」
「昨日、ギルドで見た時からです。初めて見たときは聞いていた印象と全く違ったのでびっくりしました」
「はっはっは、最初から知られてたんだってよ。こいつはな、理想の姿を魔法で作り出して、人に見せてたんだよ。どんだけ、自分の容姿に自信がないんだっての。笑えるよな」
エルツさんは笑っているが、空気を切り裂くようなものすごい速さをほこるフィーアさんの回し蹴りがエルツさんの顔面に直撃し、木の葉のごとく吹っ飛んだ。
「ぐへ!」
エルツさんは情けない声と共に壁に衝突した。
「勝手なことを言わないでくださいエルツさん! はぁ……。私の姿はあなたに最初っから知られてたと言うことは、あなたは欲がないと言うことね」
「欲?」
――どういう事だろう、僕にも欲くらいあると思うんだけど。
「欲、人はだれしも欲を持っているものなの、何かが欲しい、こうであってほしいとか強くなりたいとかね」
「なるほど、だからいろんな人に違う形で見えてたのか。でも僕にだって一応、欲はあると思いますよ、今だってお金が欲しいし、これだって欲の一種ですよね。僕は何かおかしいんですか?」
「さあ、でも今まで私の姿を知られたことはなかったわ、これでも一応Sランクなのよ」
「そうですよね、僕なんてまだFランクですから、普通の人と変わらないですよね。でもフィーアさんの魔法が人の欲に反応してその欲を体現させるものだとしたら、フィーアさんは僕の理想の相手だったのかもしれないですね」
――僕は、あまり同年代の人と遊んだりすることができなかった。だから年が近そうな女の子にあこがれていたのかもしれないと思い、発言したのだが。
「な、なに言ってんのよ、私は小っちゃくて色気がない森の民なのに、私をからかってるわけ!」
フィーアさんの耳がぴこぴこと動き、可愛らしい。
「い、いえ、からかってなんていませんよ! 本音を言っただけです。フィーアさんなら僕が嘘をついていたらわかりますよね」
――そう、エルフであれば、人族がつく嘘を見抜けるはず。Sランクのフィーアさんが嘘を見抜けないはずない。
「確かに、嘘はついていないみたいね」
そういうと、フィーアさんの顔が夕日の様に少しずつ赤くなっていくのがわかった。
「ま、まあ、あんたの名前ぐらい覚えてあげてもいいわよ、確かヘイへだったわね。私は別に人間か嫌いなわけではないの欲にまみれた獣が大嫌いなだけ、あなたも気を抜くと真っ逆さまに落ちるわよ」
「そうですね、気を付けます」
――僕が欲に負けるのは大切なものを守る時だけだと思う。
「いてててて、いきなり回し蹴りすることないだろ!」
頬を摩りながらエルツさんは立ち上がる。
「エルツさんに相手を思いやる心がないからです!」
――僕もちょっとだけそう思う。
「ヘイへ、世界にはもっといい女がいっぱいいるぞ、人族は美人が多いからな。ぼっきゅぼんだぜ。ドワーフの女なんてボンボンボン……。あんなのに欲情するなんて、他の奴らを見てられねえよ。それにこいつはやめとけ、フィーアはこう見えて俺より年上な……」
最後まで言い切るまでに弧の如く先ほどよりもしなっている足がエルツさんの顔面にぶち当たる。
「ぐは!」
エルツさんは馬に吹っ飛ばされたように勢いよく壁にぶつかり、伸びてしまった。
「は~、たまにこういうやつが現れるのよ。自分の種族よりもほかの種族が好きになったりするやつが。私だって人が嫌いじゃないっていうのを、隠して生きてきたし、別にあなたは変じゃないわ」
「は、はぁ」
――エルツさん大丈夫かな……。顔潰れてないよね。
「時間だしそろそろ行かないと。その前にこれを渡しとく」
フィーアさんは僕に小さなガラス玉のようなものと、紐で作られたブレスレットを渡してくれた。
「これは?」
「もし何かあった時、その小さいガラス玉を割りなさい、一回だけなら助けてあげる。そのブレスレットは私と知り合いだっていう証。久々に心が綺麗な人と出会えた記念にね」
そう言いながら、フィーアさんは笑った。
――八重歯が愛らしくまだ子供のようだ。でもそれを言ったら僕もああなってしまうのだろう。
壁際で伸びているエルツさんに目をやる。
「ありがとうございます、大切にします」
「それじゃまたね、ヘイへくん」
フィーアさんは自分の丈とはあまりあっていない大きな弓を担いで店を出ていった。
ヘイヘがエルツのお店で働いて、一年が経った。
フィーアに蹴られたのがつい先日だったかのような感覚に陥る。
――まさか一年も働いてくれるとは微塵も思ってなかったな。俺のしごきに耐えてくる奴なんてドワーフでもいなかったぞ。
エルツは、ヘイヘがすぐに辞めると思っていた。
だが、ヘイへが仕事を辞めることはなかった。
一年前は全く使い物にならなかったが、今では最低限の補助ができるようになるまで成長していたのだ。
――俺の計算が正しければ、あいつの目標金額の五分の一が貯まったはずだが、このままではヘイへの目標金額を貯めるまでにあと四年かかる。
ヘイへには時間がないのをエルツは知っている。
だからエルツは、ヘイへ自身で金をもっと稼げるように武器を作らせることにした。
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