初仕事
僕は仕事が楽しみで、街にいつもより早くついた気がする。
「今日から新しい仕事だ。僕に何ができるかまだわからないけど精一杯がんばるぞ!」
門を足早に潜り、他のお店に目もくれず、エルツさんの鍛冶屋へと一直線に向かった。
「ん?」
エルツさんの鍛冶屋前まで来たのだが、店の前で何か話声が聞こえる。
――いったいどうしたんだろう。
「なあ、そろそろできたかよ。本当はあんたみたいなドワーフに作ってもらいたくねーんだけどさぁ、他の鍛冶屋が手いっぱいだっていうからよ。仕方なく、こんなぼろい所のドワーフに仕事をくれてやるんだ感謝しろよな。これから勇者と肩を並べる予定の、俺様の武器を作れるっていうんだから!」
服装からして冒険者になりたてに見える人族の男の姿があった。
「申し訳ありません、あと少しで完成するのですが、資金がどうしても足りないので」
「はぁ、俺様が最初にやった、銀貨一枚じゃ足りないって言いたいのか! 人の鍛冶師なら、金貨一〇枚でも払うけどさぁ、ドワーフなんか銀貨一枚で十分だろ!」
「し、しかし」
何か言いたそうにしているエルツさんだったが、口をつぐむ。
そんなエルツさんを見て人族の男は足を引く。
「うるせえよ、口答えしてんじゃねぇ!」と言いながら、エルツさんを蹴り飛ばした。
ドン! と大きな音を立てながら後ろのドアにエルツさんは激突する。
「あと一週間待ってやる。もしできてなかったら覚えとけよ!」
そう吐き捨てながら、男は去っていった。
「は~、面倒くさい奴だな」
エルツさんはむくっと起き上がると蹴られた部位を手ではたきながら立ち上がった。
僕はエルツさんのもとにすぐさま駆け寄る。
「エルツさん、大丈夫ですか!」
「ヘイヘか。あんな男の蹴りなんか、へなちょこすぎてよけるのも面倒だからな、派手に転んじまったよ」
――あれでへなちょこなんだ。と言うか、転んだ方が面倒なんじゃ……。
「嫌な所見せちまったな。まぁ、ドワーフに対する人族の態度はあんな感じだ」
「そうみたいですね」
「はっきり言って俺は、お前の方がおかしいと思うけどな」
「どうしてですか?」
「どうしてって……。そりゃあ、人族は人族以外をかたっぱしから嫌う。何かめったなことがないと話そうともしない」
「そうなんですか?」
――人族はそんなに多種族が嫌いなんだと、あらためて実感した。僕がおかしいのかな。
「まぁ、こんな話しは置いておいて、仕事の話しをするぞ」
エルツさんは手を腰に置き、どっしりと構える。
「はい、よろしくお願いします!」
「まずいつ働けるか、聞いておきたい。お前はいつどれくらい働けるか、また働けない日はあるか?」
「基本はいつでも働けます。ですか七日に一日から二日だけはお休みをいただきたいです」
――メイとの時間も大切にしたい。でもまぁダメもとで聞いてみないと。
「了解だ」
エルツさんは頭を縦に振る。
「え……、いいんですか?」
僕はあっけにとられたような声を出し、聞いた。
「俺が、何かおかしなこと言ったか?」
「いや……、お休みをいただけるのかと思いまして」
「そりゃあ、休みくらいくれてやる。それに七日に一度はもとから休みだ」
「そうなんですね……」
人族はあまり休んだりしない。いや、休むのを避けていると言ったほうがいいのかな。
毎日疲れるまで働き続ける、休む時は病気をした時か、冠婚葬祭などのおめでたい日しかないのが人族の普通であった。
「人族は働きすぎなんだよ、そんなに働いてたら、仕事の効率が落ちるだろうが」
「そ、そうですね……」
この時、僕はまだ会って数日のエルツを『かっこいい』と思った。
「次に、どうして家で仕事をしたいかだ」
「正直に言うと、お金が必要だからです」
――正直に答えた、そのほうがいいと思ったからだ。
人族は嘘をつく。弱い人族が生き抜くことができたのは、嘘をつくことができたからだと、母さんが教えてくれた。その為、多種族は人族をあまり信用していない。なぜならば魔法を使っても、人族の嘘を見抜くことができないからだ。
だが、例外もある。寿命の長い、エルフやドワーフなどは人が簡単な嘘をついているのかどうかがわかるらしい。
だからこそ、エルツさんの前で嘘をつくことはできないと思った。
「そうか、どうして金が必要なんだ。ただ金が欲しいだけなら、他の依頼でもいいだろ」
「僕に時間がないからです。お金は、妹の学費に必要なんです。両親は去年に亡くなりました、平民の子供は学園になかなか通うことができません。今の辛い生活を変えるためには学習しかないと思うんです。僕はあと四年で、金貨一〇〇枚を貯めないといけないので、他の依頼では間に合わないんです」
「そうか……。よし、それじゃあ仕事に行くぞ」
「え……もうですか?」
「何か、問題でもあるか? まあ、俺は最初から働かせるつもりだったからな。それに時間がないんだろ、だったらさっさと仕事を覚えて、月給を上げるんだな」
「は、はい。よろしくお願いします!」
――すんなりと働かせてもらえたようだ。こんなに仕事しやすい環境は中々ないぞ。
僕とエルツさんはボロボロの鍛冶屋に入り、鍛冶場に到着する。
「それじゃ、俺がすることをよく見ておけ」
エルツさんは竈の前でとてつもない速さで仕事を始めた。
「は、早い!」
木材を竈に入れ、火をつける。
木材は燃え、竈の火の色が見る見るうちに変わっていき白っぽくなった。すると、エルツさんは解けにくい素材で出来たトングで鉄を竈に入れ、鉄が熱せられ真っ赤になると取り出し、金床に置き金づちですぐさま叩く!
金属板から火の粉が散り、力強い金属音が鍛冶場に響く。鉄の色が元に戻ってきたらすぐさま水につけ冷ます。
その後もう一度火の色を白に戻し、同じ工程を繰り返す。
熱して叩く!
この工程を繰り返しているだけなのだが、僕は言葉を失った。あまりに神秘的過ぎたからだ。
エルツさんは、叩き終えた鉄を研ぎ始める。そして、いつの間にか小さなナイフが完成した。
「よし、いい出来だ!」
エルツさんはナイフを竈の火に照らし、全体像を確認する。
「す、すごかったですエルツさん! うまく言葉にできません」
「当たり前だろ。こちとら、ドワーフの鍛冶師なんだぞ。ドワーフは、いろいろな仕事をするが、それぞれの仕事を極めないと職種を名乗れないだよ」
「なるほど、ドワーフは仕事に誇りを持っているんですね」
「まあ、そういうことだ。それは置いといて……、このナイフをお前にやる」
エルツさんはナイフに革製の鞘を付け、僕に渡してきた。
「え、良いんですか!」
「仕事が決まった前祝だ。ヘイヘ、鍛錬を一応しているようだが、剣しか降ったことがないだろうからな、副装備として役に立つだろう」
「ありがとうございます、ずっと大切にします!」
エルツさんからナイフを受け取った、小さな文字でエルツの文字が彫られている。
「じゃあ、今の工程をしっかりと覚えてもらう。工程の中で、火力の調整、叩きの補助をメインに行ってもらう」
「はい、精一杯頑張ります!」
そこから僕とエルツさんの仕事が始まった。




