思わぬ脅威
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リリエンス様をはなちゃんの背中から下ろした僕は、目の前の怪物と向かい合った。
「もしかしてお前が魔物たちを連れてきたのか?」
「ククク、ソウサ。コノ偉大ナル科学者ローゲルヲ追放シタ愚カナ国王陛下に復讐ヲ果タスタメニナ! 魔物共ハソノタメノ手駒ナノサ」
ローゲルと名乗った怪物の身勝手な言い分で、僕の胸に怒りがくすぶり出す。
「そんなことのために街のみんなを巻き込むなんて、許せないよ!」
「ゆー君、こいつはもうまともな人間じゃない。何を言っても無駄だよ」
僕と反対側に立つセレナさんと目配せをした僕は、ローゲルに対してこう言い放った。
「これ以上お前の好き勝手になんてさせない!!」
だけどローゲルはまだ不敵な笑みを浮かべている。
「ククク、アハハハハ!」
「何がおかしいの!? 従えてるっていう魔物たちはもうそばにいない、あんたに勝ち目なんかないよ!」
セレナさんがけん制をいれるも、ローゲルの自信は揺らがないみたいで。
「コレヲ見テモソンナ口ガ叩ケルカナ?」
ローゲルがニヤリと口角を歪めた次の瞬間、上空から何かがものすごい勢いで急降下した。
「ううっ!?」
地面に激突した勢いで起きた突風で、僕とセレナさんは怯んでしまう。
巻き上げられた土煙が晴れたとき、そこに立っていたのは思いもよらない人物だった。
「まさか、竜血……!?」
セレナさんが顔面蒼白になるのも当たり前だよ、だってそこにいたのは……。
「フランちゃん、どうして……?」
国一つ簡単に滅ぼす力を持ちながらも僕と友達になってくれたフランちゃんだったんだ。
だけど様子がおかしい、前は無邪気に輝いていたはずのフランちゃんの瞳が泥水のように濁っている。
「フランちゃん! なんでそんな目をしてるの!?」
「――無駄ダ。竜血モ最早我ガ手ノ内ニアルノダヨ!」
ローゲルの無慈悲な説明に、僕は血の気が引くようだった。
そんな、あの魔物たちみたいにフランちゃんも操られてるってこと……!?
「まさか竜血が奴の手に落ちるだなんて……!」
「この世界はもう終わりだあああああ!!」
この事態で王宮の中がパニックに陥っているが、外から見てもハッキリと分かる。
「フハハハハ、ドウダ。我ガ最強ノ手駒ニ勝テルハズナドナイノダヨ!」
「――手駒だって?」
だけど僕は冷静だった、いや、マグマのようにグツグツと煮えくり返る怒りで恐怖なんて感じる余地もなかった。
「フランちゃんはお前の道具なんかじゃない! 僕たちの友達だ!!」
「何ヲホザクカト思エバ。――ヤレ」
激昂する僕に、冷酷な表情のローゲルがフランちゃんを向かわせる。
次の瞬間にはフランちゃんの拳が、はなちゃんの顔面にお見舞いされていた。
「プオオオオ!?」
「はなちゃん!!」
パンチの余波で後ろに押し出されるはなちゃん。
「大丈夫!? はなちゃん!」
「ブロロロロロ……パオ!」
大丈夫、そう伝えるかのようにはなちゃんは僕に目配せをしてくれた。
そうだ、僕たちがフランちゃんを助けるんだ!
「セレナさん! 僕たちがフランちゃんを引き受けている間に、セレナさんはローゲルをお願いします!」
「分かった! でも無理はしないでね!」
「はい!」
セレナさんにローゲルを任せたところで、僕は改めてフランちゃんと向き直る。
「フランちゃんお願い! 目を覚まして!!」
「…………」
僕の言葉が届いていないのか、フランちゃんは濁った瞳のままヨタヨタとこっちに歩み寄ってくる。
「パオオオオオオン!!」
はなちゃんが振り下ろした鼻を、フランちゃんは片手で受け止めた。
「ブロロロロロ……!」
「くそっ、やっぱりフランちゃんは強いなあ……!」
ほぞを噛むのもつかの間、フランちゃんがはなちゃんの鼻を掴んでグイッと引っ張る。
「プオオオン!?」
はなちゃんが引き倒されてしまったことで、僕もその背中から振り落とされてしまった。
「ゆー君!!」
「ヨソ見ヲシテル場合カナ!?」
「うっ!!」
一方でつばぜり合いを繰り広げていたセレナさんが、ローゲルに隙を突かれて突き飛ばされてしまう。
「う、く……っ」
砂利を握りしめて顔を上げると、フランちゃんが手のひらをかざして火を放とうとするところだった。
「フラン、ちゃん……!」
「…………」
無表情のまま手に火を宿すフランちゃんに、僕が顔を背けたその時。
「もうやめてくださーーーーーーい!!」
この声は、ルナちゃん!?
目を開けると、フランちゃんの前でルナちゃんが身体を張って立ちふさがっていた。
「…………」
「ルナちゃん、危ないから下がって……!」
僕のお願いにもルナちゃんは引き下がろうとしない、白いタイツに包まれた足腰が恐怖でガクガク震えているのに。
「馬鹿やろう! 何やってんだ――グホッ!?」
慌てて飛び出してきたワイツ君だけど、フランちゃんの腕の一振りで簡単に吹っ飛ばされてしまう。
「ワイツ君!」
「何やってるんですかフランさん! あなた、本当にこんなことしたいんですか!?」
本当はすごく怖いはずなのに、ルナちゃんは毅然とフランちゃんを叱咤していて。
そんなルナちゃんに、フランちゃんが拳を振り上げた。
「ルナちゃん!!」
地面に這いつくばってる場合じゃない、僕がみんなを助けないと!!
僕が起き上がると同時に、立ち上がったはなちゃんもフランちゃんに突進した。
「パオオオオオ!!」
「……!?」
不意を突かれたのか、はなちゃんの体当たりでフランちゃんが吹っ飛ばされる。
そこを僕が飛びついてフランちゃんを組み伏せた。
「フランちゃん、しっかりして!」
「……アアアアアアア!!」
今度は僕の声が届いたのか、フランちゃんが頭を抱えて苦しみ出す。
そこへ改めてルナちゃんが歩み寄った。
「ひょっとしたらフランさんがローゲルの支配から逃れようとしてるのかもしれません!」
「そうか! じゃあ! ――フランちゃん頑張って! 目を覚まして!!」
「クウウウウウウ、ガアアアアア!!」
「「フランちゃん(さん)!!」」
僕とルナちゃんの声が重なったときだった、フランちゃんの額にある赤い結晶がまばゆく光り輝く。
「くくく、あーっはっはっは!」
次の瞬間には瞳に光が戻ったフランちゃんが、腰に両手を添えて大胆不敵に笑っていた。
「フランちゃん、元に戻ったんだね……!」
「うぬ! ……しかしわらわとしたことが危うく術に呑まれようとしていたのじゃ。礼を言うぞ、ユウキ」
「うん! 目を覚めしてくれてよかったよフランちゃん!」
フランちゃんが差し伸べた手を僕はひしっと握る。
「馬鹿ナ、我ガ術ヲ破ッタダト!?」
その一方で術を破られたローゲルは、激しくうろたえていた。
「あーっはっはっは! あのようなちんけな術にかかるわらわではないのじゃ!!」
「……ついさっきまでしっかり操られてましたけどね」
ボソリと毒を吐いたルナちゃんに、フランちゃんがかみつく。
「それを言うでないぞ、このしょんべんたれ!」
「だからだれがしょんべんたれですか!?」
「――とにかく、本当にもうローゲルに勝ち目はないってこと! いい加減諦めなさい!」
セレナさんの叱責に、激しく取り乱していたはずのローゲルは急に笑い始めた。
「ハハハハ! コウナレバ最後ノ手段ダ!!」
そう口にしたかと思った矢先、ローゲルに白いもやが街中から集まってくるのが見える。
「な、何が起きてるの!? ――フランちゃん!」
そうかと思えば僕の隣でフランちゃんが力なく倒れた。
「フランちゃん、しっかりしてフランちゃん!」
「あやつめ……、配下にした魔物全てから魔力を強制的に吸収しておる……!」
「そんな!」
配下にした魔物ってかなりの数がいたよね、その全部から魔力を吸収したら、どうなっちゃうの!?
その答えはすぐに明らかになった、ローゲルの身体がまるで特撮の大怪獣みたいに巨大化したんだ。




