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異世界初めての夜

「な、何だこのデカブツは!」


 窓から顔を出したはなちゃんに、お父さんは驚きつつも腰の剣を抜こうとする。


 わわっ、あの剣って本物なの!?


「待ってお父さん! その子は悪い動物じゃないよ!?」


 それを背後からセレナさんが羽交い締めにして、なんとか刃が出るのは防がれた。


「悪い動物でない、とな?」


 目を丸くするお父さんに、ルナちゃんも懸命に補足をする。


「そうです! このはなちゃんがルナをオークから助けてくださった上にフカミ草まで見つけてくださったんです!!」

「そ、そうなのか?」

「パオンっ」


 鼻をあげてはなちゃんが返事をすると、お父さんは剣の柄から手を離した。


「まさかこやつがルナとユノの恩人であったとは。無礼な真似をした、お詫びしよう」


 そう言ってお父さんはひざまずき、深々と頭を下げる。

 ユノっていうのはルナちゃんのお母さんのことかな?


「――しかしさっきはそこの小僧が助けたと言っていたが、これはどういうことだ?」

「簡単なことです、ユウキくんこそがはなちゃんの……うーんと……そう、飼い主さんなんです!」

「なんとっ」


 ルナちゃんの説明で、お父さんの目がギロリとこっちに向いた。


 ううっ、これは緊張する……!


「じ、自己紹介が遅れましたっ。僕は東雲悠希、こっちがゾウのはなちゃんです」

「パオ」

「ふむ、意外と礼儀正しいのだな。私はゲイツ、レイス家の主人として君たちに改めて感謝をしよう」


 また深々と頭を下げるお父さんことゲイツさんに、僕は戸惑ってしまう。


「い、いえっ。さっきも言いましたけど僕は何もしてませんし、だいたいあれもこれも成り行きに任せただけですので……」


 あたふたと手を振る僕の肩に、セレナさんが手を置いた。


「そんなへりくだんなくてもいいんだよ、ゆー君。ほら、リラックスリラックス~」

「そうですよユウキくん、これほ間違いなくお二人のおかげなんですっ」


 美少女姉妹になだめられて、僕はなんだか身体から力が抜けてしまう。


 本当に僕は何もしてないんだけど、まあこれでもいいのかな。




 気がつけば外はすっかり暗くなっていて、この家のリビングに招かれた僕に簡単な食事がふるまわれた。


「今はこんなものしか用意できないが、許しておくれ」

「い、いえ。食べ物を出してくれるだけでもありがたいですよ」


 天井からはランプのようなぼんやりとした灯りが吊るされていて、大きな木のテーブルには皿のロールパンとジャガイモを潰したような料理が並んでいる。


「ほらゆー君、遠慮しないで食べて食べてっ」

「あ、はい」


 肩にセレナさんの腕をまわされた僕は、戸惑いながらも潰したジャガイモを口に運んだ。


「ん、美味しいっ」


 なんだろう、味付けは質素なのに優しいジャガイモの甘さが口にふわっと広がる。それに温かい。


 バターをつけたロールパンもかじってみると、小麦とバターの風味の両方が口から鼻にかけて通り抜けていく。



 気がつけば僕の手はすっかり止まらなくなっていた。


「そんなに美味しいんだ! 私が作ったんだよ、そのマッシュポテト!」

「へ~、セレナさんってお料理が上手なんですね!」

「いや~、ホントはお母さんの方が美味しい料理作れるんだけどね~」


 へりくだりつつもニンマリと笑みを浮かべるセレナさん。


「えへへ、ユウキくんが笑ってくれて一安心ですっ」


 ルナちゃんのにこやかな微笑みに、僕はちょっぴり照れ臭くなってしまった。


 あれ、いつの間にルナちゃんに心配かけてたんだろう。


 そんなことを思いつつコップに注がれたミルクのようなものを飲んでみると、独特の風味が口の中で一杯になった。


「このミルクみたいなのって何ですか? 牛乳とはちょっと違う感じなんですけど」

「これは山羊の乳だよ。うちの山羊から搾ったものなんだ」

「そうなんですかゲイツさん! 皆さんありがとうございます。僕なんかにこんな美味しいご飯を振る舞ってくださり、とっても嬉しいです!」

「まさかこんなもので喜んでいただけるとは……」


 目を丸くするゲイツさんの前で、僕は気がつくと晩ご飯を完食していた。


 素朴ながらも温かい食事が終わると、僕はセレナさんに空いていた部屋まで案内される。


「今夜はとりあえずここで休んでよ」

「この部屋は?」

「ここねー、もともと書斎だったんだけど誰も使わないから片付けちゃったんだ~。ちょっと掃除するからそのあと自由に使っていいよ」

「ありがとうございますっ。どこから来たかも分かんない僕なんかにここまでしてくれるなんて……」

「いいよいいよ、キミにはうちの妹がお世話になっちゃったから。気にしないでよ~」


 軽い態度なセレナさんがちゃちゃっと掃除をしてくれたところで、僕はこの空き部屋を使うことに。


 毛布を敷いたところに僕が仰向けになると、窓からはなちゃんの長い鼻が伸びてきた。


「あ、はなちゃん。ごめんね、ちょっとの間放ったらかしにしちゃって」

「プオ」


 起き上がった僕は軽く詫びながらはなちゃんの鼻を抱いてすりすりとなでる。


 窓から見上げた夜空には、なんと大小二つの月が浮かんでいた。


「やっぱりここって異世界なんだね~」

「ブロロロロロ……」


 さりげなく呟いた僕の身体に、はなちゃんが鼻を絡める。


「あはは、そうだよね。たとえ異世界でも僕にははなちゃんがいてくれるんだよね」

「パオ」


 そう思うとなんだか安心して、急に眠気が襲ってきた。


「それじゃあお休み、はなちゃん」

「パオン」


 こうして僕とはなちゃんは、異世界で初めての一日を過ごしたんだ。

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