プレアデスの領主様
広いお庭を一周したところで、僕はローゼンメイル様と一緒にはなちゃんから降りてこんなことを提案してみる。
「ローゼンメイル様、もしよかったらはなちゃんにおやつをあげてみます?」
「餌やりですか! やりたいですわ!」
手を合わせて緑色の瞳をまばゆく輝かせるローゼンメイル様に、僕は腰のポーチから携帯に便利な干しブドウを摘まんで出した。
「プオン」
「まだだよはなちゃん、ちょっと待ってて」
「ブロロロ……」
干しブドウを出すなり長い鼻を伸ばすはなちゃんをたしなめつつ、僕はローゼンメイル様に数粒手渡す。
「見ての通り甘~いブドウもはなちゃんの好物なんです。これをあげれば喜びますよ」
「そうなのですね! ――はなちゃま、こちらをどうぞお召し上がりなさいまし」
ローゼンメイル様が手のひらの干しブドウを差し出すと、はなちゃんは鼻の先っぽで器用に干しブドウを摘まんで口に放り込んだ。
「わあ~! はなちゃまのお鼻、まるで指みたいに動きますの! ……それにちょっとベタベタしますのね」
目をキラキラさせて感心するローゼンメイル様に、はなちゃんは鼻を伸ばして次の干しブドウをねだる。
「あはは、やっぱりそんなんじゃ足りないよね。ローゼンメイル様、まだまだ干しブドウはありますのでどうぞ」
「感謝しますわ、ユウキちゃま」
こうしてしばらくローゼンメイル様とはなちゃんのおやつタイムに心和んでいると、また別の使用人さんが入り口から出てきた。
「ユウキ様でいらっしゃいますね。領主様が貴方をお呼びです」
「あ、すみません。それじゃあ僕は行きますね」
「そうなのですね……。わたくしまだまだはなちゃまと遊んでいたいですわ……」
しょんぼりとうつむくローゼンメイル様に、僕は爽やかに笑って伝える。
「多分呼ばれるのは僕だけですから、ローゼンメイル様ははなちゃんと一緒にいられますよ」
「本当ですの?」
「はい。もともとはなちゃんはデカすぎてお屋敷に入れないでしょうから、しばらく待ってもらうつもりだったんです。ローゼンメイル様がいてくれたらはなちゃんもきっと退屈しませんよ」
「それもそうですね!」
「――お言葉ですがユウキ様、実はそちらのゾウもロビーまでならお入りになることができるかと」
使用人さんの言葉に、僕は目を丸くした。
「え、本当ですか!?」
「はい。ささ、こちらへどうぞ」
「分かりました。――はなちゃんも行くよ」
「パオ」
はなちゃんと一緒にお屋敷の中に入ると、そこは見たこともないくらい豪勢な間取りになっていた。
「わあ~すごーい!」
正面は赤いカーペットが敷かれた大きな階段が設置されていて、それが少し上の方でいろんな方向に分かれている。
天井には大きなシャンデリアがいくつも吊り下げられていて、絵に描いたようなお屋敷って感じになっていた。
「これがお屋敷のロビーなんですね……!」
「ブロロロ……」
はなちゃんも多分初めての室内に戸惑っているのか、足踏みして床の感触を確かめてるみたいで。
「残念ながらここから先、ゾウのはなちゃん様には待たせることになります」
「分かりました。――はなちゃん、お利口にしてるんだよ?」
「プオ」
僕からのお願いにはなちゃんは任せて!といった感じで自慢げに鼻をあげる。
「わたくしも残りますわ! はなちゃま、ユウキちゃまが戻るまでもう少しわたくしと遊びましょう?」
「パオン!」
ローゼンメイル様に顔をなでられて、はなちゃんは嬉しそうに一声あげた。
はなちゃんと別れた僕は、使用人さんに領主様の待つ部屋に案内される。
「こちらになりますユウキ様」
「この先に、領主様が……!」
金の枠があしらわれた荘厳な扉を前に、僕はゴクリと生唾を飲んだ。
「領主様、客人を連れて参りました」
「――入れ」
中から聞こえてきた威厳のある太い声に、僕はさらに緊張してしまう。
それから使用人さんが扉を開けると、部屋の奥に鎮座した台座にそこそこ若そうな男の人が腰かけているのが目に飛び込んだ。
「あ、あのっ。僕が悠希と申しましゅ――あ」
緊張のあまり嚙んでしまった僕は、顔が燃えるように赤くなってしまうのを感じる。
それを見た領主様は爽やかに笑ってそれをフォローしてくれた。
「はっはっは! そう緊張せずともよい! 私も領主を務めているとはいえ、君と同じ人間なのだよ」
「そ、そうでしょうか……?」
領主様は緊張するなと言うけど、放つ黄金のオーラが明らかに常人離れしていて僕はまだ緊張がほどけない。
「まあよい。こちらに座りたまえ」
「あ、はい」
領主様に促されて、僕は向かい合うように設置された椅子に座る。
「ユウキ君、君のことは私の耳にも届いているよ。先日の女王個体討伐のみならず、日頃からの民への貢献に私が領主として感謝する」
「いえいえそんな! 僕はただみんなのお役に立てればそれでいいんです。何も領主様から感謝されることなんて……!」
「いいや、その心が一番大切なのだよユウキ君。民の力になる、そのための志と力を両方備えている君は今やこのプレアデスには欠かせないものなのだ」
「そ、そうなのかな……?」
ひしっと手を握る領主様に、僕はしどろもどろに。
そうかと思ったら手を離した領主様は、改めて僕にこう問いかけた。
「さて本題に入ろう。来月にはターラスの国王陛下が御誕生日を迎える。それで捧げ物が必要になるのだが、君のゾウとやらを国王の貢ぎ物にさせて頂くのは……」
「ダメです!」
即答だった。はなちゃんを手放すだなんて、いくら領主様の頼みでも受け入れられるわけがないよ!
「ははは、分かっていたさ。なにせ君とあのゾウは家族のように固い絆で結ばれていると聞く。そのような大切な存在を引き渡すなど、人としてはあってはならないからな」
「そうですよ! はなちゃんは僕にとって一番の親友であって、今は唯一無二の大切な家族なんですから!!」
なんでだろう、僕が断ったはずなのに領主様は清々しい顔をしている。
「それでは頼みを変えよう。陛下の誕生祭に君たちも同行していただくことは可能だろうか? もちろん相応以上の待遇は私から保証する」
「それでしたらまあ、僕も大丈夫けど」
「決まりだな。君のゾウを見れば国王陛下も大層お喜びになるはずだ」
こうして僕は来月に開かれる国王の誕生祭に出席することになった。
なんか領主様にのせられてしまった気がするけど、大丈夫だよね……?




